神保町出版流通セミナー(第1回)フォーラム:神保町で考える新しい出版の形

出版流通セミナー
日時2025/7/14 16:00~18:30
場所神田スクエア3階会議室B
形式公開フォーラム(一般公開)

1 基調報告:DNP未来創造プロジェクト

▼冒頭挨拶【宮健司(大日本印刷㈱副社長)】

  • サプライチェーンという意味では当事者ではないが、長年この業界にいる会社としてどのように日本の出版の形を考えていけばよいか、提言を通じて貢献したい。
  • 出版流通構造改革について様々な取組や提言がなされているが、読売新聞に先日掲載された取組みは全て重要。ぜひ推進していただきたい。
  • 一方、未来に向けた持続性追求の観点から日本の出版産業・出版文化を考えたとき、これまで提言されてきたことよりも本質的なアプローチや議論が必要だと感じている。
  • 今こそ、業界関係者全員でこの危機感を共有し、共に取り組んでいくべき。今回のセミナーを団結の機運を高めるきっかけにしたい。
  • DNPが開始した文庫本の復刊支援サービスがメディアにも取り上げられているが、この取り組みも一つの契機になればと思っている。6月には経済産業省主催の「出版産業における返品削減研究会」の第1回会合が開催されたが、こうした政界や産業界の盛り上がりによる好機を逃すと、日本の出版産業界は立ち直れないのではないか。次のチャンスはもうない、それほどの危機感を抱いている。
  • 今後も印刷という立場から業界内外の皆さんと共に熱意と責任を持ち取り組んでいきたいと思っているが、改革を進めるにあたっては従来の課題解決型の対症療法だけではいけない。読者や生活者、業界全体にとっての「出版の未来の在りたい姿」を起点として真の課題を抽出し、これまで業界で通説となっていたタブーも含めて目を向けていく必要がある。
  • 出版流通構造改革は業界全体で取り組まなければ成し得ない。DNPとしては、長年お世話になってきた出版業界に報いたい気持ちと、読書文化・活字文化を守りたいという使命感をもとに、自分事として全力で取り組んでいきたい。
  • 出版流通構造改革といった場合、10年~20年にわたり業界が置かれてきた状況の根本原因にまで踏み込んで考えなければ解決には至らない。出版印刷の視点に加え、エレクトロニクス業界との付き合いやグループ会社(丸善ジュンク堂書店、図書館流通センター、丸善雄松堂)の持つ幅広い事業領域をベースとした観点からの提言が可能だと考えている。
  • 昨年設立した出版の未来を考えるプロジェクトでは、日本の出版流通業界が置かれている現状をどうすればよいのか、一企業を離れた客観的な視点で研究を行なってきた。その成果の一部をこれからご紹介するが、賛同いただけるようであれば業界一丸となって取り組んでいきたい。

▼『出版の未来のあたりまえを作る』〜DNPの考える「出版の未来のありたい姿」〜【岡本拓郎(未来創造部部長)】

  • 2008年に丸善書店と図書館の運営を担う図書館流通センターをグループに迎えて以降、15年以上にわたり出版流通構造改革に取り組んできたが、大きな成果を出せていないのが実情。
  • 出版業界の不況を踏まえ、「今回がラストチャンス」という覚悟と強い意欲を持ち、改革に再チャレンジすべく昨年7月に未来創造プロジェクトを立ち上げた。
  • 最初に業界全体と生活者にとっての「出版の未来の在りたい姿」を考え、過去の考察や現状分析、本質の問題・課題の抽出を行ない、解決に向けたシナリオを作成した。4月からは実行フェーズに入り、施策の検討と実行を繰り返している。
  • ミッションは、「出版の未来のあたりまえを作る」こと。出版産業と出版文化の両方を全体最適かつ持続可能にすることを目指している。
  • 業界全体の縮小が継続すると、コンテンツの多様性や知の発展にもマイナスの影響が生じ、ひいては国力の低下にまでつながることが懸念される。
  • DNPが事業として持続的に出版に関わっていくためには、成長市場に身を置く必要がある。従来の課題解決型フォアキャスティング思考ではなく、未来(2035年以降)の在りたい姿を起点として業界の通説やタブーに囚われない非連続な発想で取り組んでいく。
  • 業界全体で共通の危機感を共有し、各社が同じ未来を見据えて動けるよう巻き込んでいく。
  • 国内の紙書籍をベースに考えるが、デジタルやグローバル視点も含めて全体最適を模索していく。
  • 実現したいのは、本が読まれ続ける未来。主語は出版業界全体であり生活者。業界における「届け方」、「つくり方」を変えることで構造を変革し、生活者の「考え方」や「暮らし方」を変えることで本に対する新たな期待を創出していく。
  • DNPは印刷会社。「つくり方」の観点が主な事業スコープとなるが、そこだけを変革しても全体は変わらない。「届け方」や読者の「暮らし方」・「考え方」まで変革していく必要がある。
    • 「考え方が変わる」:生活者の本自体や本がある場に関する認識を変え、もう一度「本っていいよね」「本屋って楽しい」という状態を実現する。
    • 「暮らし方が変わる」:社会的空間、知的空間、非日常空間等、生活の中の様々なシーンにおける読書の仕方や本への触れ方を変えていく。
    • 「届け方が変わる」:既存の流れも残しつつ、個人や本屋の「売りたい」を起点としてDX化によりモノと情報の流れを変えていく。
    • 「つくり方が変わる」:国内外での地産地消ネットワークや、生活者・読者の「ほしい!」を起点とした制作・製造スタイルに変革していくことを想定。国内人口の減少等、社会情勢を鑑みてもグローバルに新たな市場を創造しなければ未来の創造にはつながらない。
  • 未来の在りたい姿を描く前段として、メガトレンドやキードライバーを参照し、縦軸にリアル店舗での購買価値を、横軸に紙書籍への需要量を置き、縦横の軸を変えながら複数の起こり得る未来をシミュレーションした。

(参照図)

  • 現状認識の作業は、今本当にすべきことを明確化するためにも重要。分析対象として流通構造や海外概況の他、出版不況や読書離れの実態についても批判的思考から考察を行なった結果、新たな仮説が見えてきた。
  • 「出版不況の真の原因は何か」を考察するアプローチとしては、新聞紙面上をはじめとした各メディアで、「出版不況」という言葉がいつからどのように扱われてきたのかを調査した。
  • 1980年頃から「若者の活字離れ」の観点を発端に、消費意欲の減退、過剰な新刊点数、図書館の複本問題、新古書店の影響、情報通信機器の台頭等、様々な要因が挙げられてきた。
  • 出版不況がいつ始まったのか、一般には市場の販売金額が下がり始めた1997年だと言われているが、我々は1990~91年頃だったのではないかと考えている。
  • 「出版販売額」は、「取次出荷額」から「返品額」を引いたもの。実際に書店で売れた額ではないため、書店の売り場面積が増えて市場在庫が増えれば、実際に売れていなくても見かけ上の販売金額は増加する。
  • 書籍の販売部数がピークを迎えたのは1988年だが、1988年〜1998年における「書籍販売額」と「市場在庫の増加額」を見ると、販売額の増加が1,844億円に対し、市場在庫は約3,000億円増加している。つまり、実際に売られた数よりも市場在庫の方が増えており、この時点で既に実売はマイナスに転じていたことが推測できる。
  • 経済成長の鈍化という観点からは、1989年の消費税導入や1991年のバブル崩壊で消費者が支出に慎重になったことに加え、出版業界の動向としては1984年の第4次文庫ブームで単行本から文庫化へのスパンが短くなり、新古書店における単行本の売値が下がる等、消費者の出版物に対する価格への信頼感や購買意欲そのものが低下していったと考えられる。
  • 当時は「出版は不況に強い」とも言われていた。生活者や読者の需要低下にも関わらず出版社は新刊の送り込みを増やして自転車操業に陥り、取次は熾烈なシェア争いの中で大手書店に新規出店を促し、売り場面積=市場在庫を増やしていった。書店はオーバーストアな上に新刊ラッシュにのみ込まれ、印刷会社は発注されるがまま作り続ける、こういう事が起きていたのではないかと見ている。
  • 書籍雑誌の販売額と電子通信機器(ネット、スマホ等)の普及率について相関係数を算出したところ、予想どおり強い負の相関が見られた。読書の機会や量が減少していったことは明らか。
  • 出版不況は今なお続いている。2000年を境に、前半は主に経済成長の鈍化により、後半は生活様式の変化により出版不況へ陥った。
  • 1980年以降の業界の潮流をまとめると、1990年以降から業界構造が歪になり、電子通信機器の普及により、本、特に雑誌の相対価値が下がり、生活者や読者が本を読むことや本を買うこと自体から離れていったことが見えてきた。
  • 日本独特の雑誌と書籍が同一流通であることの問題や、本当に読書離れが起きているのか等については、別の機会に紹介したい。
  • 別視点の考察として、近年の業界における取組を次のとおり4類型に整理した。
    1. 大手出版社を中心に進める直取引の動き
    2. 中小出版社連合による取次代行の動き
    3. 販売価格の値上げの動き
    4. 流通構造の変革による書店の粗利率や業界プレイヤー間の料率を変える動き
  • 1~3の動きは、効果はあるものの、限定的、小規模、短期目線で必ずしも中長期的に業界全体が上向くことにはならないと見ている。一方、4の動きは、業界全体に広がれば本質課題の解決につながり、業界の持続性にも寄与する可能性がある。
  • 業界内では既存の仕組みを見直すことや書店の存続の必要性等が声高に叫ばれているが、未来を見据えて業界の持続性を追及するためには出版流通の構造を大きく変えることと、本への認知・認識を変え新たな期待を生み出すことの両方が必要。
  • 未来の創造には新たな市場を創造する必要があるが、今の出版業界には需要も機能も不足しており、両方を同時に変えていく必要がある。
  • 書店はただ守り残すのではなく、書店が自らの意思と責任で価値を高めることが必要。海外では国の支援により書店数は回復したものの、読者数や書籍の購入額は大きく減少したケースもある。国内外の生活者・読者を見据えて業界全体の在り方や出版コンテンツの生成から消費までの間を細かく分解し、再定義・再構築していく必要がある。
  • DNPでは以上の内容を踏まえ、構造を変革して新たな期待を生み出すための施策として、書店の「売りたい!」という意思と責任を起点とした新たな流通を作る取り組みを始めた。サービス名称は「DNP復刊支援サービス」、通称「Re文庫」で展開している。文庫の復刊企画だが、あくまで流通構造の変革。ポイントは3つ。
    1. 書店が売りたい本を自ら作るというもの。DNPがカタログ化した商品リストから書店が目利きをして選び、小ロットかつタイムリーな対応が可能となるデジタル製造をベースとした最適製造体制により、限定的に生産し流通させる。書店が自らの意思と責任でPB本(プライベートブランドブック)として売り切る代わりに、値決めへ関与し通常よりも高粗利の設定とする。通常の条件とは異なり、非委託・非再販扱いによる展開とするため、最終的な値引き販売も可能。初期価格の設定とともに二段階で値決めに関与できるようにすることで小売りとしての販売戦略が拡大。新たな流通ルートの開拓により、委託再販制自体の見直しや弾力的運用にもつなげ、選択肢を増やしていきたい。
    2. 書店が印税を得られる仕組みにする。PB本が売れ、出版社判断で他の書店にも出回る形の通常の重版に至ると、重版部数に応じて書店に報奨=印税が発生するというもの。書店が掘り起こしたコンテンツが売れるほど、書店の利益につながる設計。
    3. 単発施策ではなくブランド化させ、より参加しやすい形を整えるためにプラットフォームを設けて仕組み化し、業界全体へと広げていく。今後は文庫以外の復刊や新刊の取扱も想定している。
  • 今年の10月から開催されるBOOK MEETS NEXTにおいて、当施策をベースとした「ご当地文庫リバイバルフェス!」を実施する予定。
  • 「Re文庫企画」により新たなルートを作るが、既存流通と併存させる予定。将来的には業界に点在するリソースの集約で実現する「統合プラットフォーム」をベースに、ミニからマスまで様々なルートを作り、モノと情報の流れを変えていく。
  • 出版コンテンツの生成から消費までを機能分解し、再定義・再構築することで無駄をなくし、需要や必要に応じて選択可能な流通構造を作っていく。
  • 今回は低粗利かつ経費高騰を売値に反映できないという大きな課題を抱える書店を起点としているが、著者や作家を起点とした施策も考えている。近年は兼業作家が増えたり廃業を検討したりと、作家が憧れの職業でなくなりつつあるという声を耳にする。
  • 手間やリスクと引き換えに著者側の取り分が大きくなる選択肢があってもいい。作家が再び夢のある職業になれば、より良いコンテンツが生まれ、市場が成長する。
  • DNPは市谷で「外濠書店」を運営している。実験書店・未来の書店というコンセプトのもと、本や書店への期待を創出していく狙いで通常の書店ではできないことに取り組んでいる。
  • この機会はラストチャンス。DNPとしても全力でサポートしていきたい。

2 出版流通に関わる新たな動向

▼出版社におけるIPビジネスの展望 【瓶子吉久 集英社常務取締役】

  • DNPの提言は身につまされることもあり、非常に参考になった。ここでは集英社がどのようにIPビジネスに取り組んでいるかについてご紹介したい。
  • 私自身は91年に集英社へ入社し、週刊少年ジャンプ編集部へ配属。2011年に編集長となり、『少年ジャンプ+』の編集長も兼任。ライセンスの部署も担当して現在に至る。
  • 基本的なIPの広げ方としては、出版した漫画をアニメ等に展開させる二次利用、原作からの商品化、漫画の宣伝展開、アニメ化や商品化に限らず「何ができるか」を考える新規事業等がある。
  • コロナの巣ごもり需要で売上は上がったが、商品化やアニメの二次利用から入ってくる版権の売上比率が高くなってきている。IPビジネスが拡大していることの表れ。
  • 90年代前後は、漫画の二次利用やIPの展開はおまけに過ぎなかった。逆に、「アニメ化するなんて余計なことをするな」という雰囲気が編集部内にあった。
  • 90年代以降になると売上が落ち始め、漫画の二次利用が単行本の売上を大きく左右するケースが出てきた。
  • 最近の例で言うと『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が2020年に日本映画史上、興行収入1位のアニメ作品となった。このヒットに伴い、単行本の発行数が急角度で伸びた。商品化もアニメ版権だが、これを機に非常に広がった。
  • 海外向けにIPを輸出することで、さらに市場を拡大していきたいと考えている。
  • 自社事業として「MANGA Plus」という配信サービスを開始し、日本・中国・韓国を除く世界170か国以上へ『週刊少年ジャンプ』、『少年ジャンプ+』の作品を日本と同時に販売している。海賊版対策ということもあるが、海外は電子の配信比率が上がらないという問題があるため、それをどうにかしたいという思いもあった。
  • 海外で言えば、上海でJUMP SHOPという原作版権のショップに加え、SHONEN JUMP CAFEも展開している。台湾での「ワンピース展」、アニメエクスポでのブース展開、また国内でもXR領域等での新規事業を広げていこうとしている。
  • 宣伝展開では年末にジャンプフェスタという読者還元のイベントを行なっている。作品を広げることで単行本の部数も伸びる。それを通じて書店へ還元していきたい。

▼棚貸書店、複合書店等新しい書店の波 【由井緑郎 ALL REVIEWS㈱社長】

  • 2022年3月、PASSAGEというシェア型書店の第一号店をすずらん通りにオープンした。父親は鹿島茂。由井緑郎はペンネーム。文藝春秋でエッセイ等を書かせてもらっている。
  • 大学卒業後は広告代理店に勤めた後、リクルートで「じゃらんニュース」等のウェブメディアに携わっていた。リクルート退職後、「ALL REVIEWS」という書評を集めるサイトを作った。その延長として3年前にシェア型書店PASSAGEを開業。
  • 父親はいろいろな事をしている人で、専門は19世紀のフランス文学。毎日新聞で書評委員をしているため、膨大な量の文章を書いている。『神田神保町書肆街考』等、古本に関する著作も多い。最近は父といろいろな事業について考えることが増えた。
  • 最初にチャレンジしたのは明治時代以降に発表された書評を全てサイト(「ALL REVIEWS」)に集約しようというプロジェクト。今年で8年目。参加書評家は多く、購入も可能。売れた本の数パーセントを書評家へ還元するビジネスモデル。最初は全くマネタイズできず、Googleの広告収入が1日10円という日々が続いた。
  • 当初は国会図書館へ行き、書評をコピーしOCRにかけてデータ化する作業を一人で行なっていたが、どうしても校正ができなかった。そこで鹿島茂専用の校正係を2名程募集したところ、100人くらいのボランティアの応募がきて、「これはすごい」となり、ファンクラブの運営を始めた。
  • 100人のファンが月額1,500円で集まってくれる。ファンの方々との会話から「シェア型書店が流行っている」という話になり、物件を探し始めたところですずらん通りに空き店舗を見つけた。
  • 開業前、ファンクラブの人たちに勧められて下北沢にあるBOOKSHOP TRAVELLERというシェア型書店にALL REVIEWSとして出店し書評本を置いたが、全く売れなった。そこで鹿島茂のサインを入れたところ、非常に売れた。「これはおもしろい」と思い、同じ本を神保町の古本屋に持って行ったが「50円ですね」と言われた。なぜかというと、ピカピカだから。古本屋では売れないのに、シェア型書店で鹿島茂のバイネームで売ると定価以上で売れるという体験は、作家が強い想いを持ち、直接お客さんへ売ることができればおもしろいのではないかと考えるきっかけとなった。
  • シェア型書店は個人や法人が棚を月額で借り、小さな書店主(棚主)として自ら選書した本を自分の好きな価格で売っていくという形式。最初は中古本ばかりだったが、八木書店に協力してもらい新刊本も仕入れられるようになった。
  • 「小さくても本屋を持ちたい」という個人のニーズから誕生・発展してきた背景があり、地域コミュニティの拠点として期待されている部分もある。
  • 現在、4店舗を展開中。1,200程の棚があり、世界的に珍しいビジネス。単品管理が可能な独自のシステムを作り、ユーザーへ提供している点が最大の特徴。鹿島茂が店舗プロデュースし、自分が運営している。
  • 棚主から初期費用と月額料金をもらい、我々が販売代理を行なっている。書籍の販売手数料は売上の15%程。Squareという検索システムを使用。
  • 2021年には40店舗だったシェア型書店だが、2025年7月には全国124店舗まで増加した。
  • 昨年の10月、フランス大使館から誘致を受け、神楽坂の東京日仏学院内に4号店をオープンさせた。国外からの注目も高い気がする。
  • 開業以来、国内外130社以上のメデイアから取材を受けた。低コストでの開業が可能で、棚主から家賃をいただき在庫を持たずにビジネスができる点がシェア型書店増加の主要因。その他、空き店舗の活用や地方創生ニーズもあるかもしれない。
  • 一人ひとりの棚主自らが告知をし、お店へどんどんお客さんを招いてくれるため、集客力が非常に高い。新刊書店では扱いづらいニッチな本やZINEもたくさんあり、それらの需要の高まりとともに増えているのかもしれない。
  • 一方、課題も多い。
    収益モデルが不安定で、棚の価格設定を間違えると破綻する。それを避けるためにカフェを併設したりイベントを行なったりする必要があるが、これが大変。
    立地が事業の成否を左右するため、場所の選定を誤るとビジネスの継続が困難になる。
    棚主はアクの強い人が多いため、つきあいがストレスになることも。陰謀論に関する本ばかりを置いている棚主へ控えるよう伝えると、SNSで書かれたり身の危険を感じたりすることもある。
    コミュニティも大変。人が多いほどいろいろな諍いが起きる。これに一人で対応するのは精神的な負担が大きいため、廃業に至るケースも多い。
  • 店舗数は当面、増加傾向にありそう。運営コストが低く初期導入は簡単だが、その後の経営が難しい。拡大はするが淘汰されるというのが今後の予測。
  • 追い風としては自治体が取り組みたいと思っている点。地域に書店を増やしたいという動きがかなりある。
  • 向かい風としては、地域にシェア型書店が誕生すると有力な棚主の奪い合いになってしまう点。PASSAGEの場合は作家の棚主が多いが、そこはすごく難しい。
  • 次の一手は、シェア型書店のシステムをいろいろなところへ導入すること。たとえば、既存書店のワンコーナーにシェア型書店のシステムを入れてもらえれば、招き猫状態になる。地域の議員等が入ってくれると人が集まる。シェア型専門書店はあっていいと思うが、人が一定数集まるバーやカフェ、アパレル、カーディーラー等にシェア型書店のようなものが入ると、小さな書店が増えるのではないかと思う。
  • カーオーナーが本とミニカーを一緒に売れば、書店は増えていく。PASSAGEのウェブ管理システムはどんどん展開していきたい。
  • 一番やりたいことは、SOLIDAを経由した中古本の売買における、作家や出版社への利益還元。中古本が売買されても出版業界の人はあまり喜ばず、新刊を扱わなければ出版社からはほぼ無視される。中古本の売買では棚主から15%いただいているが、そのうちの数パーセントを作家や出版社へ還元できると中古本市場に非常に良い影響が起こると思う。ベストセラー作家は古本でいくら売買されても印税は入らないが、PASSAGEのシステムを通すと還元できるといったことが実現できるといい。

▼ZINEの現場 【宮崎希沙 合同会社KISSA代表】

  • 普段はアートディレクター、グラフィックデザイナーとしての仕事をしている。長年、ZINEと呼ばれる小出版物を作ってきた。ひじりばし博覧会2025では、ZINE制作のワークショップを担当。
  • 多摩美術大学デザイン科の出身。在学中にZINEブームが起き、スイスのインディペンデント系出版社のNievesがコピー機とホチキスで作ったアーティストブックを2,000円以上で売り始め、そのフォーマットに注目したアート系メディアがMagazineの語尾を取ったZINEというものらしい、と紹介し始めた。
  • 2009年、ZINEを扱っていた東京のアートブックショップ「ユトレヒト」とロンドンのアート雑誌チームが主催し、ZINE’S MATEを開催。後に巨大イベントとなるTOKYO ART BOOK FAIRへと発展していく。
  • 世界的にインディペンデント系の出版物が増加し、それらの扱いに特化した書店がメインで参加するフェアがロンドンやニューヨークで既に多数開催されていた。
  • 今年で16年目となるTOKYO ART BOOK FAIRはその流れを継承。海外からの参加者も多く、昨年は350組の出展者と2万人を超える来場者となった。出展本は傾向としてかなり高価なものが多く、アーティストの作品集的な特徴が強い。
  • 美大在学中には、そういった流れとは別に日本で古くから作られてきたZINEや同人誌の歴史を講義で学ぶ機会があった。
  • SF小説ファンたちが作った『宇宙塵』は日本最古のSF同人誌と言われ、1957年から2013年まで個人の有志で発行されていた。ファンたちが作るZINE、つまりファンジンとも言え、SF 愛読者のコミュニティであるファンダムを築いて発表と交流の場を作ったという意味でZINEの直系の祖とされている。
  • ZINE以外にも、1960年代の社会運動の盛り上がりの中、運動当事者が自らの主張や議論を発信する「ミニコミ」と呼ばれる冊子がガリ版印刷で多く作られた。その他、カウンターカルチャーと結びついたアングラ新聞や、パンクのDIYの考え方を広めるための印刷物、路上やライブハウスで交換するストリートカルチャーに根付いたもの等、様々な文化の積み重ねがあった。
  • オフセット印刷の普及とアニメブームも手伝って、1975年にコミックマーケットがスタート。漫画関連の同人誌も爆発的に増加。90年代にかけて気軽に利用できるコピー機が登場し、高価だがPCやDTPソフトが出てきたことで個人が印刷・出版しやすくなる風潮が高まった。この辺りの歴史は『日本のZINEについて知ってることすべて』に詳細な資料が載っている。
  • 言葉の定義について、二次創作の現場では「同人誌」という言葉がよく使われる。その他、「ミニコミ」や「リトルプレス」等、呼び方はいろいろあるが、「個人」が「自らの資金」で「好きなように作る」という意味では同じだと捉えている。制作するジャンルによってそれぞれがしっくりくる呼び方をしているような印象。
  • 日本では昔から自費出版が多く行なわれており、それを販売・交換する場がたくさんあった。それを従来とは異なるチャネルのメディアがZINEという目新しく格好いい言葉で提示し始めたのが2009年頃。
  • 私自身もすぐに作り始め、販売イベントに参加。そこで出会ったイラストレーターやフォトグラファー、ライターは仕事仲間になっている。
  • 「CURRY NOTE」というカレー店の食べ歩きZINEを10年間、毎年発行している。日記のようなパーソナルな内容を書くパーZINE。委託販売してくれる独立系書店や直接やりとりをしてくれる大手書店もあり、当時から自分で足を運び、置いてもらっていた。フェアを組んだりウェブサイトで直販してもらったり、書泉グランデにもお世話になった。1年間で1,500冊程売れた年もある。
  • ここ数年で店主の意思を反映した独立系書店がさらに増えた印象。アパレルを取り扱ったり、毎日トークイベントを開催したり。本を売るだけではない手法を取り入れたお店が東京以外の地方やアジア圏でも増えている。
  • 文学フリマが巨大化したことも近年の特徴の一つ。2002年にスタートし、全国7都市で開催されている即売会。自らが文学と信じるものであれば、プロアマ問わず自由に販売できる。
  • 文学フリマは大塚英志氏が純文学論争の流れで「既存の流通システムの外に文学の市場を作る」ことを目的として始めたイベント。地元在住のボランティアが事務局となり運営している点も大きな特徴。ここ数年で入場者数が16,000人を超えた。昨年からは会場が東京ビッグサイトに変更され、入場料も有料化された。
  • 公式サイトには小ロット印刷を受けている印刷会社のリンク集や、個人での発注方法が丁寧に書かれている。様々な世代が出展していて、熱量がかなり高い。こういう流れを受けて各地で即売会が乱立している。イベントのフォーマットだけを借りてきてビジネスにしようとする会も存在するが、本来は主催者側に自費出版に対する理解や理念があるべき。
  • 個人的な活動としては、ZINE制作ワークショップの依頼が増えてきた。10~20代の参加者が多く、若者の間でZINEブームが再び起きている様子。個人が気軽に発信できるインターネットやSNSが発達している現代で、なぜ敢えてZINEを作りたいと思うのか疑問に感じたが、ネットが発達した今だからこそ新たに発見される魅力があり、オールドメディアとしての特徴が現在では違う意味を持っているのだろうと思う。
  • SNSは、意図しない場所まで一瞬で拡散されてしまうリスクがあるが、ZINEは渡したい人を選べて、広がり過ぎない表現方法。ウェブですぐ読めるわけではなく、届くまで時間がかかるが、物として入手した人だけが知ることのできるもの。書き手と読み手が一直線上に対等に存在している。
  • SNSで交流を始めた後、お互いに作ったものを手にオフ会で集まる状況には、今っぽさを感じる。ZINEには商業出版物とは別の役割があったり、少部数でしか作れない特殊な仕様や凝ったものができたりする。
  • 参加者の若者は本を読んで育ったわけではない。「雑誌のようなレイアウトで自分の好きな海外セレブのZINEを作りたい」と言う19歳の若者へ、「普段読んでいる好きな雑誌は何か」と聞くと、「そもそも雑誌を読む習慣がない」と答える。推しのCDに特典で付いていた冊子を見て「作りたい」と思うようになったとのこと。
  • 高校生にも、「将来ライターになりたい」と言う生徒はいるが、本を読む習慣はない。「アプリで記事を読んでいて、おもしろい文章が書けたら格好いいと思った」「推し活で撮った写真をデコレーションしたい」等と聞くが、推し活とZINEの相性はかなり良い。
  • 機械やツールが進化する中、スマホで完結できる無料のレイアウトソフトも出てきた。ウェブ入稿で完結する印刷所も増え、作成のハードルも価格も低くなった。若者は日常的にSNSを利用している世代。何を載せるかの取捨選択には慣れていて、潜在的に編集的なセンスがあると感じることが多い。
  • 入口が読書ではないということが自分にとっては不思議。逆に、彼らはこれからたくさんの感動に出逢える可能性を持っている。本を作る喜びから入り、過去に遡って今から読書に出会い直すということが大切。そういう場所やリアルなイベントが今後ますます重要になってくると思う。

3 ディスカッション:神保町から始められること

パネリスト(6名、敬称略、50音順):

  • 柴野京子(上智大学教授):司会
  • 手林大輔(㈱書泉社長)
  • 瓶子吉久(集英社常務取締役)
  • 宮崎希沙(合同会社KISSA代表)
  • 柳与志夫(東京文化資源会議「神保町の夜からはじめるプロジェクト」座長)
  • 由井緑郎(ALL REVIEWS㈱社長)
  • 前半の基調講演では出版流通のグランドデザインについてご説明いただいたが、日本では近代化の過程で取次に大きく依存する構造が前提になっていった。しかしながら出版は元々、プリミティブなメディア。かつては古書と新本を物々交換したり、作って売る本屋が普通だったりと多様性がかなりあった。フェーズが変わった現在、本来あるべき形に戻ってきているようにも感じている。(司会)
  • 出版流通セミナーと銘打つ中、様々な立場の方に参加いただいている。登壇者への質問にお答えいただく中で、お互いに聞きたいことを自由にご発言いただきたい。(司会)
  • IPビジネスにおいて、かつてはプラスアルファとして所有する知財を多角的に展開していたところ、今ではそれがメインビジネスになっているというお話だったが、その過程で作品の作り方や出版社の関わり方が変わってきたのではないかと思う。ジャンプは非常に早い時期から編集部内にデジタル部門を作りビジネスを展開してこられたと思うが、その辺りのことを教えていただきたい。(司会)
    → 『少年ジャンプ+』は2014年にサービスを開始した。紙の部数が減ってきている中、「何かやらなければ」という危機感から編集部内にアプリを立ち上げたのが始まり。(瓶子)
  • 電子の多角化を前提にした場合、コミックスの制作や作品性に変化は起こるのか。(司会)
    → 作品の作り方自体は変わらないが、デジタルの広げ方に違うところがある。たとえば『少年ジャンプ+』ではスマホでも見やすいようにコマ数を極端に少なくすること等もあり気を付けるポイントが変わったりはする。(瓶子)
  • 『少年ジャンプ+』について、最初は「肩身が狭い」とおっしゃっていたように思う。いつ頃から「期待できそうだ」と感じ始めたのか。(手林)
    → 雑誌を立ち上げてもなかなか成功はしない。『週刊少年ジャンプ』だと『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』を真ん中にして絵を作れるが、初期の『少年ジャンプ+』には真ん中に持ってくるキャラクターがいなかったため、そのような宣伝展開はしにくかった。作品としては『SPY×FAMILY』が出てきたときに「これは期待できるな」と感じた。(瓶子)
  • 最初はコンテンツとしての真ん中に強力な漫画があり、それをアニメやイベント等へ展開していくということだったが、逆の流れはあるのか。(柳)
    → アニメやゲームのコミカライズは少しずつ出てきている。キャラクターがあって、商品自体が売れているからそれを漫画にしようという流れもあったりはする。(瓶子)
  • コンテンツ化・電子化を進めていく中で、漫画を書店で流通させることの意味についてはどう考えているか。(司会)
    → 書店で売れることが我々としても一番嬉しい。なぜかというと、作家を集めるために「紙の本が出せる」ことを売りにすることもあるので。作家にとって手元に残る紙の本を作れるのは嬉しいこと。成果物として喜んでもらえる。我々としても「紙の本を売りたい」という想いはあるが実現には至らず、デジタル化や二次利用する必要があった。逆に二次利用が広がれば、紙の本へ戻ってくるのではないかと考えている。(瓶子)
  • PASSAGEは棚貸書店というモデルを作った書店。元々はファンクラブから派生したとのことだったが、同じ形態の店を複数経営しているのは、棚貸書店に何かしらの可能性を感じているからか。それとも、普通の書店との決定的な違いがあるのか。(司会)
    → 「書店をやりたい」という個人需要の増加を受けて店舗を増やしただけ。自分に明確な意思があったわけではない。ただ、個人的には「街から書店が消えて欲しくない」という想いがあり、システムを貸そうという発想に至っている。書店自体は、昔から「多すぎる」と感じていたし、今でもそう。矛盾しているようだが、街には書店があってほしい。(由井)
  • 本屋をやりたいと思っている人は非常に多いと思う。(司会)
    → そう思う。一方で、彼らは必ず「本が売れない」という状況に直面する。従来の書店は駅前にあって本を置いておけばビジネスが維持できた印象があるが、SNSや広告、地域の人への挨拶等、売る努力が必要。
    一般の小さな書店や棚主でも、「置いておけば売れるだろう」と思って利用する人がいるが、きちんと努力をしなければ売れないということを強く感じている。自分から棚主へチャレンジ(イベントの開催やSNSの利用、雑貨の販売等)を強いることはないが、どういうやり方で勧めるか等は、いろいろな考え方があると思う。(由井)
  • 「棚主の管理は難しい」という話を聞いたことがある。こまめに棚のメンテナンスをする人もいれば放置する人もいると思うが、その辺りのコミットの仕方はどうしているのか。選挙ポスターの問題を考えると、棚をいくつか占拠して同じようなことを行なう人がいないとも限らない。(司会)
    → 規制を始めると「あれはダメ、これはダメ」ということになるため、「完全に自由」としている。意外と棚代を取ることが良かったりする。PASSSGEの場合、ボリュームゾーンは月額7,000円程。この金額を払えるのは、時間的・経済的・精神的余裕があり、ある程度の良識がある人たち。変な本はあまり置かない。完全に自由としている点が良いのかもしれない。(由井)
  • 私自身棚主だが、放置しておくと半年に1冊しか本が売れない。「こういう本だと売れるだろうな」という本は売れ、「売れないだろうな」と思うものは売れない。本屋といっても、「求めて来ているジャンルが違うんだろうな」ということはある。先日、文学フリマに出させてもらったが、あれだけ若い人が来る本のイベントはない。うちは中高年男性ばかり。どうして若い人が来るのか。(手林)
    → 個人的な体験から言うと、19歳~22歳くらいの若者はSNSを常に見ているため、「これ知ってる」「見たことある」と、既視感を抱きがち。ところが自費出版のイベントへ行くと知らないことだらけなので、それが新鮮という意見を聞いたことがある。今は自費出版のハードルも低いため、作り手側になってみたいと感じるのかもしれない。(宮崎)
  • 「この人から買う」ということが楽しいのではないか。(手林)
    →それもSNSが関係している。好きな人の作品をめがけて買いに行っている、オフ会的なスタイル。会場はジャンル別に分けられているが、目的物の周辺にある出展物を見て新しい出会いがあったりする。ウェブだと目的の物しか買えない。昔は本屋に行っていたのでそれが当たり前だったが、現在では逆にそれが新鮮に感じるようだ。(宮崎)
  • 棚貸の際、似ているジャンルや関係性のある作家を隣り合わせにする等、位置配置に気を遣っているか。(宮崎)
    → PASSAGEでは行なっていない。シェア型書店によっては、定期的にシャッフルをして場所に公平性を出している。手の届かない棚に入っている本は全然売れない。本屋と一緒で公平性が命。PASSAGEでは公平性担保のためのシャッフルを行なわない代わりに、棚の位置に価格差を付けている。完全に自由。招待している棚主(作家)には利率を変えているが、その作家の近くに棚を持ちたいという人は多い。(由井)
  • 誰から買うのかが重要という意見があったが、PASSAGEに入った学生はなかなか出てこない。出てきたと思ったら4,000円分くらい購入していたりする。今は小さい本屋が増えているが、そのミニマム版が棚貸書店。出逢うスケールが究極に小さい、そういう中から選択することは結構リーズナブルなのかも。彼らは文学フリマのカテゴリーを見ることは得意だが、書店の分類を見ることは苦手なのかもしれない。(司会)
    → 私の世代だと、大きな書店で本がジャンル分けされていたり、フロアが分かれていたりするのは当たり前。今の独立系書店は一人経営のところも多く、店主の意思でセレクトしたものを敢えてジャンル分けしなかったり、新刊と古書を混ぜて置いていたりする。表面積が少ないからこそ成り立つのかもしれないが、レコードのように掘り起こすこと自体が楽しいのかもしれない。(宮崎)
  • 自分は人の「好きだ」と思う気持ちの間に立っている人間。「何かをやりたい」という欲望は大事。自分が好きなことについてエネルギーを発揮できる人間の集合体がPASSAGE。みんなが好きなことを好きなだけやる、それを体現したいと思っている。(由井)
  • 書泉グランデは、かなりのスケールでそういうことを実装していらっしゃると思うが、どうか。(司会)
    → 書泉グランデ(8階建て)の1か月の売上はどれくらいだと思うか。平均で6,000万円程度。良い時は1億円。6,000万円でも赤字。スケールに応じてどういう本屋にするかを考えるのは非常に大切。書泉グランデは趣味の本屋。人文書を置いたところで採算が取れないだろうと、1フロアを使って鉄道だけを売っているが、それが売上の20%を占める。全ての本屋の勝ち筋にはならないが、偶然、神保町という家賃の高い街にあって「どうするんだ」という中でこの手法を採ってきた。(手林)
  • 著者のサイン会やトークイベント等、様々な催しがあるが、最も効率が良いのは写真集のまとめ買い。いわゆるAKB商法。ビジネス上、100冊券や50冊券を買っていただくことが一番効率的だが、全ての本屋がそれをやりたいかというと、分からない。どの本屋にも共通の処方箋はないし、同じような売場にはならない。隣を見ながらどう違いを出していくかということを考えている。(手林)
  • どこに行っても同じ本が同じ価格で買えるのは素晴らしいことだが、逆に言うとAmazonで買えて翌日届いて欠品もないという本とはあまり相性が良くない。そこで「他では手に入らないものを入荷しよう」「作ろう」という話になる。出版社ではないため本は作れないが、復刊を考えている。自分達のビジネス規模だと、200~300冊売れるだけでも十分有難い。出版社だと「いやぁ」という感じだと思うが。(手林)
  • DNPは同じことを考えてくれている。自分達なりの規模感や立地の中で解決策を考えるわけだが、「誰から買うか」が大切。ヘンな鎧を着た店員(書泉グランデ中世ヨーロッパ本コーナー)から本を買うことがすごく大事なのかもしれないし、作家の告知力は非常に重要。どのくらいコアなファンを呼べるかで、イベント自体の盛り上がりが変わってくる。(手林)
  • サイン本は返品できないが、それを30冊作れば通常10冊しか売れない本が30冊売れることもある。今は、宛名つきサイン本の予約を行なっている。(手林)
  • 書泉グランデだとコアなファンがいるイメージがあるが、ファンの志向も常に一定ではない。どういう人たちが何を求めているのかにアンテナを張り、彼らへアピールする本を発掘しているのだと思うが、どのように行なっているのか。(司会)
    → 「目利き」とよく言われるが、特定のジャンルに詳しくて目利きがある人というのは実は少ない。マーケティング的には、売場や商品の動きを見逃さない人が最も優れている。10冊売れるものがボーンと売れるのは誰でも分かるが、2週間コンスタントに1冊売れているものを見逃さない人が一番当たりを引く確率が高い。
    お店によって個性もあるし、期待されているものも異なる。たとえば秋葉原の書泉ブックタワーと神保町の書泉グランデは距離的にすごく近いが、売れるものが全く違う。『週刊少年ジャンプ』のコミックも、秋葉原では非常に売れるが神保町では全く売れない。そのくらい違う。(手林)
  • 先日、東京堂書店、三省堂書店、書泉グランデで2025年上半期ベストセラーランキングを同時に発表したが、思った以上にラインナップが違っていて、全く競合していなかった。本屋が多すぎるのは問題だが、研ぎ澄ましたお客さんにどれくらい届けるかという意味では、ZINEがやっていることと近い気がする。(手林)
  • 書店によって売れ筋が違うというのは、昔からそうなのか。(瓶子)
    → 数年前に全く異なる分野から書泉グランデへ転身してきたが、全国ランキングが一ミリも当たらない。世の中の本屋は意外にそうなのかも。(手林)
    → 東京堂書店では、台湾出身の漫画家・高妍(ガオ・イェン)氏の『隙間1』『隙間2』が第1位、第2位を占めた。(手林)彼女は元々、ZINEを作っていた方。細野晴臣氏の大ファンで、自費出版した漫画が人気を博し、後にKADOKAWAから商業デビューした。(宮崎)
  • なぜ東京堂書店でだけ、これほどアピールされたのか。(司会)
    → 東京堂書店には台湾が好きな担当者がいる。「大丈夫か」と思うくらい台湾の本ばかり推している。絶対に売れないだろうと思うような本も置いているが、ブレイクするとこうなる。これほど近くにある書店でもこれだけ違うのならば、まだまだやりようがあると思う。(手林)
  • 昔から、「プロレス」「アイドル」「鉄道」の本は書泉グランデへ行くと絶対にあるという印象だが、今の方がもっと研ぎ澄まされているように感じる。(瓶子)
    → 10年程前からジャンルに特化しようと変わっていった。ただ、特化し過ぎるとあるべき本が欠けるというバランスの悪さが出てきてしまうため、微調整中。
    最近気付いたが、「誰が売っても売れるもの」はベースの数百万円を生み出すため、一定数置いておくべき。「ここに来れば何でもある」というのは諸刃の剣。全く売れていないにも関わらず2年以上置かれている本もあるため、真面目に考える必要がある。有限の場所をどういうバランスにするか、今取り組み始めているところ。(手林)
  • シェア型書店だと一つ一つの書店が率先して取り組んでくれるため、どんどん棚が変わっていくように思うが、どうか。(手林)
    → いつ来てもラインナップが違う、という点がシェア型書店のおもしろみでもある。その要素を他の書店も部分的に取り入れるとおもしろいのではないか。(由井)
  • 棚主が代わる率はどのくらいか。(柳)
    → 立地が良いため、他のシェア型書店と比べるとあまり変わらない。(由井)
  • なかなか空きが出ないのではないか。(手林)
    → 立地に尽きる。一番良い棚が空くと抽選にかけるが、30~40倍の競争率になる。一番上の本棚は全然売れなかったりするが、戦い方がある。PASSAGEはオンライン通販も対応しているため、ZINE等を売るだけでビジネスが成立する方々も多いようだ。俯瞰して書店を見ていると、いろいろな発見がある。(由井)
  • PASSAGEのシステムの良いところは、本が売れるとメールが届く点。それが嬉しい。普通の本屋にも広がってほしい。(手林)
  • 棚貸書店のおもしろいところは、古書中心のつもりだったところに新刊書が入ってきたところ。若い人は古書だろうが新刊だろうがどちらでも構わない感じになってきている。コアな読者層は中高年男性だと思うが、そこからのシフトをどう考えているのか。(柳)
    → ターゲットについてはあまり考えていない。場所の居心地の良さだけは追求しているため、半分、不動産業のよう。個の力が集結している場所なので、居心地の良い空間を作ったり、きちんとしたスタッフを育てたり、そういうことだけに集中している謎のビジネスという感じ。(由井)
  • 今は本が置かれているが、本以外の物が置かれても肯定的に受け止めるのか。(柳)
    → お客さんにとっては、関連する雑貨等が置かれていた方が楽しいのでは。お客さんの楽しさを追及すると、何でも売っていいという気がする。(由井)
  • 一時期、ヴィレッジヴァンガードがモデル的存在だったと思うが、今は元気がない。それはどういう理由からだと思うか。(柳)
    → ヴィレッジヴァンガードはどこも大体同じ。飽きたのではないか。(由井)
    → 下火になったのは、逆に言うと世の中全てがヴィレッジヴァンガード化したため、「あそこに行かなくてもいい」となったのかもしれない。(司会)
  • 『鬼滅の刃』が一番売れていた時、紙の単行本が売り切れてしまい、「電子で買ってくれればいいのに」とも思ったが、紙の本を待ってくれるお客さんがいた。『少年ジャンプ+』も、ネットで読んで内容を知っているはずなのに、敢えて紙の本を買うお客さんが増えている印象。ファンになると推しグッズの一つとして本を買う流れがある。(瓶子)
  • 書籍やグッズが同じ場所に並んでいても違和感がなくなってきている気がする。(瓶子)
  • ファンダムマーケティングではないが、自分達がオリジナルのコミックやZINE、同人誌を作ったときに、自分のキャラクターをアクリルスタンドやポーチ、文房具にすることが当たり前に行なわれている。対応してくれる印刷会社が増え、アクリル系の雑貨制作単価も下がり、小ロット化してきている。(宮崎)
  • 漫画には、同じコミックを買っても各書店で違うペーパーがついてくる文化がある。作家が後日談や日常の一コマを書いたもので、その書店で買った本にしか付いてこない。コピー機で刷ったような紙ぺら一枚だが、ウェブ版にはない。それを手に入れたくてその店で本を買うわけだが、若者が同じようなものを「自分でも作ってみたい」と思うことにつながっている気がする。(宮崎)
  • 神保町プロジェクトに因み、皆さんそれぞれの立場から神保町という街が持っているポテンシャルについてご意見を聞かせていただきたい。(司会)
    → もっと観光地化した方がいい。神保町はまだ見つかっていない街。もう少し売れるものがあるのにと思うが、異なる利害関係者が集まっているため進みづらい面がある。小さくてもいいので、何かを始めることが大事。秋に大型イベント「ブックフェスティバル」があるが、それ以外にも何かあるといい。
    2年前から「アリエナイ本の街神保町スタンプラリー」を始めた。初年度は7店舗だったが、昨年は23店舗まで拡大。街を巻き込んでいくのは一つの手。インバウンド客も増えているため、そこを含めるのも一案。「本の街」とはいえ、ほとんどが古本屋。古本屋とのコンタクトは、実はあまりない。イベントを行なうと話をする機会も増える。3周すればもう少し別のことができるかもしれない。次の段階として出版社の方とも何か出来たらと思っている。(手林)
  • 個人的には、もっと世界に知ってもらえる街になるはずだと思っている。これだけの古書店・書店が集まっていて、美味しいお店があって、大型出版社を始めとした物を作っている場所があるのだから、もう少し特徴として世界へ宣伝すべき。
    以前、「出版社も多角化しなければ」と、ジャンプカフェを作ろうと思ったことがある。集客という意味では新宿や渋谷になってしまうが、やはり神保町に作りたい。本や漫画のキャラクターが好きな人が集まる場所になれば、そういうカフェも作れるはず。世界のジャンプファンにとって神保町が聖地かどうかは分からないが、ロサンゼルスのワーナー・スタジオやディズニー・スタジオも、そこで作っていると思うだけで夢がある。そういうことも宣伝していきたい。(瓶子)
    → 神保町だけで1日を過ごせるポテンシャルがある。何よりも治安がいい。
    書泉グランデが行なったスタンプラリーは非常に良い企画。神保町には新しい映画館のオープンが予定されており、よしもと漫才劇場もある。多くの書店があり、イベントも多く、食事も美味しい。一日神保町で消費してもらえる「知の街」としての構想ができるとすごく良い。
    古書店街の観光地化は「少し違うだろう」という意見もあり、いろいろ難しさはあるが、そもそも多くの人に来てもらわなければビジネスは成り立たない。一日ずっと過ごして楽しい街という設計は必ずできるはず。地域のモデルケースとして良い街だと思う。(由井)
    → 神保町は大学生が多い街。安く食べられるご飯屋は多いが、学生が自主的に何かをやれる場所はあまりない。お金がなくてもすぐ借りられたり、相談できたり、自由に何かをできる場所があると若者の助けになる。大学等を含め、これだけのスペースがある街なので、解放されている場所があってもいいのでは。
  • インバウンドの話でいうと、kemio氏(日本出身・ニューヨーク在住のインフルエンサー)が「周りの友達みんな、神保町にめっちゃ行ってるよ!」と話していた。レトロブームの喫茶店やカルチャー系、ファッション系の雑誌、入手困難な古いアートブック等が目当て。円安だし、新宿は飽きたし、渋谷は人が多いしということで神保町へ行こうとなっているようだ。世界に向けて、一緒に参加できるようなものができるといい。
    ワークショップで教えている美術系専門学校の生徒の半分は中国人留学生。本国の美大を卒業した後、2年間、日本へ学びに来ている。どうしてかというと、法律的な問題で本国での自費出版や自主制作が非常に難しくなっているから。作家活動も大変になっているため、日本でやりたいと留学しに来ている学生も多い。
    かつてはTOKYO ART BOOK FAIRの上海版があったが、検閲の問題でできなくなった。主催していたbanana fish booksというレーベルも、拠点を日本に移している。そういうこともあり、参加したい人が参加できる場があるといい。(宮崎)
  • 「ひじりばし博覧会2025」では、初めての試みとなるZINE FAIRのお手伝いをしてもらったが、他の場所で行なうZINE FAIRと違った点はあったか。(司会)
    → 出展者アンケートでは、「いつも相手にしているお客さんと年齢層が違っていて、おもしろかった」という意見が3~4件寄せられた。今回のテーマは、神保町の文化資源を何とかしようというもの。セッション参加者は若くて40代・50代。60代~70代が当たり前。セッションが終わった後にZINE FAIRへ案内したが、みんな喜んでくれた。出展者も普段より売上がよかったと言っていた。
    高齢者がこれまで表現する手段である自費出版で高額なお金を払わされたケースもある。それよりはZINEを作った方がいい。中高年の人たちのニーズは確実にあるため、そこへアプローチしていきたい。(柳)
  • プロジェクトに関わるまでは、神保町=都心の辺境というイメージがあった。ここに来てよく分かったのは、非常に交通の便が良い土地だということ。飲んで食べた後に帰りを心配しないですむ場所は稀少。もっとアピールすべき。(柳)
  • 専修大学植村ゼミの学生が神保町で外国人へ突撃インタビューした結果、半分は目的買いで来街していた。残りの半分は、歩いていたら辿り着いたという人たちだった。秋葉原からも大丸有からも歩いて10分程で来ることのできる、本屋ばかり並んでいるこのヘンな場所は何だ、ということで関心を持たれる。逆に日本人は地下鉄を利用すると時間がかかるため、遠いと思い込んでおり、歩いてみようと思わないようだ。(柳)
  • 東京の人は、秋葉原と神保町は全く違う場所という認識。そこをつなげるような仕組みを我々のプロジェクトでも作りたいと思っている。(柳)

4 質問・意見

  • 神保町は昔から奥行きが広く可能性のある場所。今後も盛り上げていってもらいたい。
  • これまで20年、「神保町を元気にする会」の活動を出版社、新刊書店、古書店、飲食店等と行なってきたが、メンバーの高齢化に伴い一時休会することにした。近々、次の世代の人たちが活動を再開してくれるだろうが、プロジェクトの動きとも絡めて広がっていくことを願っている。
  • 電子出版の取次の役員等をしていたが、その前は出版社で30~40年編集者をしていた。DNPの「これがラストチャンス」という言葉が非常に刺さった。出版社は大手の印刷会社に甘えてきたところがある。それが許されなくなるなら、出版業界は相当、腹を据えて取り組まなければならない。そういう危機感を持った。
  • ZINEとDNPのお話は、構造的には一緒の話だと思う。作りたい人が本を作り、それを然るべき形でフレッシュに流通させていく、そういうシステムをいかに作っていくかということだったと理解した。
  • 自分自身も出版流通を研究対象にしていて、20年前に研究者として歩き始めた。「これからデジタル化になるのに、流通なんて要らないんじゃないか」と言われたが、そうではなく、流通問題はデジタル化すればするほど前景化していく。(司会)
  • 今春、メディア学会で流通に関するワークショップを行なったところ、大盛況だった。30~40代の研究者が大変熱のこもった議論をしていた。今日お話いただいたことはどれも流通につながっていく話。神保町そのものが一つの流通メディアだと捉え、このセミナーを続けていくことで柔軟にこの問題を考えていければと思う。(司会)
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