第1回 神保町夜学

神保町夜学
日時2024/6/27 19:00~20:45
ゲストスーザン・テイラー氏(神保町研究者)
場所ブックハウスカフェ神保町

※発言者敬称略

▼冒頭挨拶【柳】

  • 主催は東京文化資源会議の「神保町の夜からはじめる」プロジェクトチーム。メンバーは神保町が好きな有志。
  • 神保町にはこれだけのアセットがあるにも関わらず夜はシャッター通りになっている。夜から活性化を考えていくと昼間も変わってくるのではないかということで、外国人や女性の訪問者が増えている機を捉えて昨秋、同プロジェクトを発足。いくつかの事業を地道に展開していこうとしている。その一つが神保町夜学(ナイトサロン)。
  • 昔はこの辺りに夜間部(二部)の学生が大勢いたが、最後まで開いていた専修大学でも昨年度廃止された。
  • 大学、出版関係者、神保町が好きな人が交流しながら神保町の新しい在り方について話をする中で、少しずつ輪を広げていけたらと思う。月一回、人も入れ替わりながら開催していく予定。みなさんには次回、別の方を引っ張ってきていただきたい。
  • 神保町夜学の企画概要は配付資料のとおり。主会場のカフェ・ラシュレ(共立女子大学内)では飲酒も可能。記録は取るが、発言者名は明記せず概要のみを掲載。
  • 6月4日、読売新聞社をはじめとした関係6団体と「神保町文化発信会議」を発足。きっかけは上川外務大臣。神保町を起点に世界に文化を発信していこうと考えている。昨日のシンポジウム(「世界の神保町をめざす-“知のプラネタリウム”の発信」)での基調講演も素晴らしかった。
  • 本日のゲストは神保町をテーマにPh.D.を取得されたスーザン・テイラーさん。

▼ゲストスピーチ【スーザン・テイラー】

  • 神保町の研究は、2010年に東京大学大学院学際情報学府の吉見俊哉研究室におけるCultural Studiesから始まった。修士論文を書きあげた時に博士号での研究継続を勧められ、ハーバード大学へ進学。築地市場を研究していた先生のもとで文化人類学を学んだ。Cultural Studiesと文化人類学とは、関連性はあるが社会を見る視点が少し異なる。前者は家族関係などの社会構造に注目しながら人間の価値観を理解しようとする学問で、後者は参与観察という研究方法をメインに社会をいろいろな切り口から総合的に分析しようとする学問。
  • 論文におけるチャレンジの一つは、神保町を海外の学者へどう伝えるかということ。本のコレクター達は深く理解してくれたが、一部の先生たちには理解してもらうことが難しかった。
  • イスタンブールなど神保町に似ているまちもかつてはあったが、今ではたくさんのまちが消滅。ロンドンのチャリング・クロス・ロードは僅かに残っているものの、ニューヨークは数年前になくなった。
  • 今日は私の研究の中から、社会的構造として神保町で本屋や出版社や本の文化が長く存続できた3つのポイントをテーマに話をし、時間があれば夜の活動の話もできればと思う。
  • 神保町は東京の中心にある小さなまちだが、約130店の古本屋、いくつかの大手新刊書店、出版社がある。私の研究は、他の地域ではすべてオンラインでの売り上げになり古い形の市場は廃退したのに、なぜ神保町は実店舗で生き残ることができたのかというシンプルな問いから始まった。文化人類学的に言えば、様々な変化があったにも関わらずなぜ広範なメディア市場がダイナミックに生き残り、本を中心にした社会環境の再生を継続できたのかということ。研究を通じて3つの要因を見つけた。
  • 一つ目は、ファミリービジネスということ。世界的には多世代に渡るファミリービジネスは比較的少なく、特に二代目以降も存続できるビジネスは非常に稀。神保町のいくつかの主要書店は明治時代に創業しているため現在は四代目。ファミリービジネスには資本や人脈、古本を貰うことができるなどの利点はあるが、後継問題などデメリットもある。一方で、書籍ビジネスは実は柔軟。次の世代は本のビジネスをしながら好きな事業を展開することができる。本は一種類の商品ではあるが、すべて異なる多様なテーマをもち、次の世代やマーケットに反映して時代を超えることができる。特に70年代以降、学生向けの総合古本屋から専門展開してきた。それは一つの力といえる。
  • 二つ目はのれん分け。同族経営では、親企業で働いてから独立するという育成の仕組みがある。一誠堂書店の酒井さんはのれん分けをDNA関係と呼んでいる。一誠堂でトレーニングを受けた人がのれん分けをした本屋さんが神保町に多くあるが、知恵とノウハウだけではなく友人やライバルといった深いソーシャルな関係も作り出している。英語で書かれた日本の研究で無縁社会の本は非常に影響があった。多くの研究で日本社会は関係性が弱くなっているように見えるが、神保町は逆でとても強い。
  • 最後の最も大きなポイントは、東京都古書籍商業協同組合の交換会。小川町で週4日オークションのように行なわれている交換会があって、組合加盟者のみが参加できる。古本屋はお互い出品も仕入れもできるが、経済的な面だけではなく様々な社会的な義務を作り出す場所となっている。メインは入札。文庫本から平安時代の本まで幅広い書籍が出品されていて、封筒の中に金額を書いた紙を入れる。この交換会のユニークな点は、友人と相談しながら入札することも入札を取り消すこともできるという点と、一番高い入札額を書いた人がその本を落札できるとは限らないという点。組合にとっては入札額が高いほど手数料が入るにも関わらず、一番利益が出る方法ではなく社会にとってフェアな方法を採用している。本屋さんはお互いをよく見ている。何の本に注目しているのか身体で表現する。本当に欲しいものがあれば入札して入手するため、交換会のルールと社会を深く理解して、ゲームのように行なう。このようなオークションは、欧米では似ている例がない。書籍だけ、あるいは古書だけ扱っているオークションもなければ、こういうシステムもない。
  • 「神保町の夜からはじめる」のテーマに関しては、「しゃれこうべ」の俳句会がおもしろいかもしれない。神保町のフィールドワークを行なっている中で、「しゃれこうべ」というバーのマスターと出逢った。サロンのような場所で、2ヶ月に一回俳句会が行なわれている(月一回に連句会もある)。みんなで飲みながら俳句を評価して、俳号が見えないように印刷された紙にポイントを付け合って、読み上げられた時に俳号を明かし、楽しい話をする。100回以上開催していて、とても神保町的な雰囲気がある。参加者は古本屋さん、メディア関係者、本好きな人たちなど。
  • 神保町はなくなったところもあるが、新しいアイディアができるまちでもある。クリエイティブな経済についての様々な教訓を生んでいる。深い社会を作ることができれば、永遠に残ることができるのではないかと思う。

▼懇談会【参加者】

  • 代替わりのタイミングがリノベーションのチャンス。小宮山書店もその機をうまく使い、チェンジというよりは新しい要素を付け加えている。次の世代が全く別のビジネスを行なうというのは、確かに長く続けるコツかもしれない。
  • ファミリービジネスというと伝統に縛られる印象があるが、リノベーションがある。
  • 場所論的にみて、神保町のユニークさはとても重要。リリパットの常連さんが書いた本のコーナーがあることが神保町的なところ。このまちの常連は本好きな人やメディア関係者が多い。 
  • 生業だったり集まる人たちの関心事だったりと、場所の特性がある意味投影されているのだと思うが、神保町のような場所は他では見つけられない。
    →神保町は敷居が高いまちとも言われているが、敷居を超える人のための場所、本好きの方が集まりやすい場所だと思う。
  • 常連もいろいろあるが、神保町の常連さんの好きなところは初めての人でも溶け込みやすいという点。働いている人が多いからか、いつも来ている人ばかりでもないし住んでいる人ばかりでもない。谷根千や中央線沿線(高円寺・阿佐ヶ谷)は、住んでいる人が多いからか濃すぎる印象があり、95%が顔見知りで入りにくく居心地が悪い。
  • 社会システムとして古書店が存続してきた3つの理由は非常に明確。付け加えると、神保町の南側は長屋がキーになっていると思う。関東大震災で残った小さな長屋が継ぐにはとても良かったというのが一つの仮説。4世代の人たちがそれぞれの時代(明治・大正・昭和・平成)のやり方で共同建て替えをしたり、自分の土地で建替えたりと、小さな土地を残していくために行なった努力が非常に大きい。高速道路が走る計画に対しては、八木さんや高山さんたちが若い頃に猛反対したと聞いた。もし六本木のようになっていたらどうなっていただろうと感じる。バブルの地上げも乗り越えてきた。この小さな土地を建て替えすることはとても難しい。そこにどう知恵を出すかが課題。
    →建て替えが必要なのは老朽化が理由か。
    →旧耐震建物と相続の問題が大きい。固定資産税の負担もある。これらはファミリービジネスでは非常に大きな観点。おそらく売りに出す人たちがでてきて、その後どうなるのかが非常に心配。
    →個人所有の建物がまだあるのか。
    →法人化したものもあるが、まだある。一方で神保町は大手の出版社が底地を買っていて、そこが救いでもある。コロナを経て随分変わってきている。
  • すずらん通りの冨山房ビルも小学館が買った。他のデベロッパーが入ってこないように防ぐという意味で、どちらかというと救済的なイメージで捉えている。
    →放っておくとバブル後のようにデベロッパーが2ブロックくらいの土地を買い路地をなくしてマンションを建てそうなところを、大手出版社が土地を持ってくれているのでそうならずにすんでいる。
  • 江戸時代から三井がほとんどの底地を持っていた。神田村という専門書籍の取次が密集していて、三井が購入を提案したが、当時は借りた方が安く、底地を持たないと将来大変になるとは思わなかったようで買う人は少なかった。三井はそこを全部再開発しようとして、出版界はバブル前後、10年間くらい神田村問題といって激変だった。
    →神田万世橋の前ところ(「まつや」から「やぶそば」、交通博物館があったところまで)は三井の土地がずっとあり、神田村の次に手がけると言っていたが、つい最近まで借地だった。
  • 物理的な空間の変化にもうまく耐えているユニークな所だと思った。
  • 新刊書店は書籍事業だけでは絶対に黒字にならないため、ファミリービジネスは難しい。三省堂書店も、ビルの収益で書店を経営している。ファミリービジネスの良さは株式非公開のため株主からいろいろ言われないという点。不動産事業で収益を上げて書籍事業が赤字なら株主から止めろと言われてしまうが、トーハンも日版も株主は講談社や小学館など。ファミリービジネスは古本だから成り立つのだと思った。
  • 古本は才覚で利幅がとれるため、新刊とは利益率が全く異なる。4倍でも5倍でもふっかけられそう。
    →そういうことをしないのが交換会のシステム。インフレを起こさないような仕組みになっている。
  • 交換会では、入札金額が一定額を超えると複数の金額を書くことができる。たとえばAさんが12,000, 9,000, 7,000、Bさんが3,000, 7,000と書いた時、落札者はBさんの7,000円を超える額を書いたAさんになるが、落札額はAさんが書いた最高値12,000円ではなく9,000円になる。
    →古書組合(東京都古書籍商業協同組合)は手数料を取るわけだから、高い方が得。損を承知で古書全体の相場を上げないために仲間内では相場価格にしている。
    →いろいろなやり方を試し、この方法が一番フェアだということになった。
    →互助会的に仲間内では入手のコストを下げている。ここで9,000円で入手したものを10万円で売ればいい。
    →「交換会」という言葉がユニーク。
    →英語の研究では一番近い言葉として「オークション」を使用したが、「オークションではない」と何度か指摘された。昔はお椀を使っていて、輪になって座りお椀の中に値段を書いて入れていたが、カンニングもできるし記録が残らない。紙は記録が残るし、取り消すことも改めることもできる。ある意味サイレントだが、とてもダイナミックで、たくさんの入札が入っていると「この商品は良いものだ」と推測もできる。様々な情報が交換できるといった意味でも交換会。
  • のれん分けが少し心配。昔はのれんを分けてもらうような修行をしている店員がいたが最近はいない。
  • 「神保町古書店街写真プロジェクト」で神保町古書店街の魅力を写真展の形で発信している。次回は規模を大きくして行なう。前回の会場は@ワンダーだったが、次回は神田古書店連盟の古本まつりとコラボレーションする。取材を通じて、昔からある古書店以外にも新しく書店を出した方がいることを知った。
  • Amazonで古書を販売している「せどり」が、神保町に本社を置くと神保町ブランドになるためビルの上の方に小さなオフィスを置いた話を聞いたことがある。
    →神田古書店連盟のガイドマップに載っている本屋は130店くらいだが、そういうものも含めるともっと多くの古書店があるだろう。猿楽町や三崎町は場所的には近いが住所地は神保町ではない。本当に数えにくい。
  • 新しいビジネスモデルを展開する人と家業で経営している人との間で対立はあるか。
    →摩擦は聞いたことがない。一方で、新しい人も古本の世界に素直に受け入れるような文化があるとまでは言えない。20年程前、一般人が退職後に趣味的なビジネスを立ち上げるブームがあったが、そういうものはほとんどなくなった。
    →その小さいスタイルが棚貸しの本屋さんに近いのかもしれない。
    →PASSAGEは、神保町ブランドのある良いロケーションを持てた。棚出しやシェア型本屋の運営者のビジネスモデルは不動産業。棚が全部埋まると、全く売れなくても利益が出る。他の土地(西日暮里)も見に行ったが、神保町の棚の値段が一番高い。
    →そもそも本に興味ある人がたくさんいる本の銀座みたいな場所。
    →新しいお客さんも多い。
    →それを目指してくる人もいる。
    →@ワンダーも比較的新しいが、以前はなかったサブカル系のお店が増えた。
  • すずらん通りにある冨山房ビルの1階がドラッグストアになったのは残念。元々、冨山房の書店で個性的な良い本を置いていたが、小学館がビルを買い冨山房は一番上に小さなお店だけを残した。岩波書店の1階が洋服屋になったのも残念だが、この辺りのお店で一番売り上げがいいらしい。
  • 神保町シアターの先にスタックス(Stacks Bookstore)という本屋が最近できたが、自分で本を出している他にもアパレルを取り扱っていて店内にバーもある。お客さんは青山にいるような人たちだが、神保町に馴染んでいる。そういうのが広がるとおもしろい。
  • 今、裏神保町がおもしろい。カフェもできているし、2年でオーナーが変わるフレンチレストランもある。このレストランは、ビルのオーナーが独立前の若いシェフに期間限定で格安で場所を提供しているらしい。
  • カギロイのオーナーは一人だが、複数の店舗で店名も業界も変えている。古民家を改装してワインバーにしたりフレンチにしたり。成功例はビストロアリゴで、いつも満員。元々氷屋だった場所を土間も障子もそのまま残し、居抜きで店にして畳の上で食べる。2階は元居室。若い人が大勢来ていて費用対効果が素晴らしく良い。その隣が日本酒バーのテラ。
  • デベロッパーが入ってきた時、一気に開発されるとまちが変わってしまう可能性がある。再開発の波が来たときなどに神保町として民間相手に話ができるような組織づくりはどうなっているのか。
    →規模にもよるし、デベロッパーも地権者の意見を聞きながら進めるが、税金問題でどうにもできない場合は再開発をせざるを得ない。できれば路面店で残りたいが、そうすると賃料が高くなってしまう。どこかのまちで銭湯を残したという話を聞いたが、そのようなものができないかと先日、千代田学の仲間で議論した。知恵を出しながら古書店文化を共有し、いい仕組みづくりを考えたい。今度の日本建築学会でも似たような話題が出てくると思っている。今の状態を続けていくことや、建物を未来永劫残すことは地権者にとっても難しい。東京文化資源会議としても、できるだけ文化資源を残していける仕組みを作りたい。
  • 神保町を将来こういうまちにしたいということを考える組織は存在するのか。
    →出版系の人たちを中心とした「神保町を元気にする会」や、大学と古書店の人たちとの緩やかなつながりを議論するプラットフォームなどいろいろなレイヤーがある。夜学もそう。これが広がっていくと良いと思う。
  • ビジョンのようなものはあってもいいと思っている。プロジェクトチームで作りたい。
  • 千代田区が行なっているようなエリマネの可能性はあるか。
    →ある。昨日も担当から連絡があった。
    →大丸有と同じようにはできないと思っている。各場所にエリマネ組織を作ってもらいたいようだが、それは難しい。
  • 今度、神田学会で駐車場問題について議論する。駐車場が余っている一方で、ビルを立て替えると駐車場を作らないといけなくなる。
    →ひじりばし博覧会のシンポジウムでも同じ議論になった。
    →神保町の駐車場は地下にある。専修大学の地下にもあるが、ほとんど利用されていない。
    →それと関連して、神保町の駅の本屋街近くの出口はほとんど階段で、アクセシビリティの問題がある。何十年来の議論だが、毎回、エレベーターの設置は難しいという話になる。地上まで行けるエレベーターがあるのは専修大学方面と小学館の前のみ。本をたくさん購入した際は大変。
  • 神保町は数年に一度歩いてみるくらいだが、インスタ等を見るといろいろな種類の本屋さんがある。行ってみたいと思いながら行けていないところが多い。
    →神保町にはSNSを上手に使っている本屋さんがたくさんある。おもしろいのは、閉店が決まると大勢が来店して写真を撮り、想い出としてSNSへ掲載するところ。まるでお葬式のよう。
  • スーザンさんの論文を見ることはできるのか。
    →書籍を出版しようと思っているので、それまでは公開しない予定。修士論文は情報学環で公開しているかもしれないが問合せが必要。

▼次回に向けて

  • 改善点やゲストで呼んでほしい方がいれば教えていただきたい。
    →司会等の話を回す役割の人がいた方がいい。
    →次回から事務局の方で司会役をする。
    →司会というよりは聞き手役+周りに振る役、という感じがいいかもしれない。
  • 食事量はこのくらいでいいか。
    →サンドイッチは食べながら話せるのでいい。神田なので和菓子もいいかもしれない。
  • 神保町のビジョンが出てくると嬉しい。海外では神保町の話を聞いた多くの人が「未来がない」「廃業の研究をしているのか」と質問してくる。ウエールズに本のまちはあるが、それは作られたまち。神保町はルーツが古く自然にできたまち。このようなまちは、世界にほとんど存在しない。
  • 次回は7月29(月)。場所は未定。ジャズバーを貸し切りにしてはどうか検討している。音楽を聴くところなので雰囲気がとても良い。神保町を愛する人の輪を広げることが目的のため、いろいろな方を連れて来てほしい。
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