第17回 神保町夜学

神保町夜学
日時2026/3/27 19:00~20:30
ゲスト山本 優衣 氏(専修大学)、坂本 渉馬 氏(日本大学)
場所ちよだプラットフォームスクエア 402号室
参加者17名

※発言者敬称略

▼冒頭挨拶【柳】

  • 第17回となる今回は、いつもと趣向を変え、神保町に関する興味深い卒業論文を執筆した学生による発表会を実施する。
  • 発表内容は次の2つ。
    • 山本優衣さん(専修大学):「動画サイトにおける外国人による神保町案内の分析」
    • 坂本渉馬さん(日本大学):「神田神保町における雑居ビル群の抽出と雑多性の分析」

▼ゲストスピーチ「動画サイトにおける外国人による神保町案内の分析」【山本優衣】

  • 植村ゼミでは、神保町研究者や古書店店主、多様な地域関係者の協力を得ながら神保町をテーマとした雑誌制作(『re@lize』)に挑戦した。特集『YOUは何しに神保町へ』の取材として、すずらん通りを歩く外国人観光客へアポなしインタビューを実施。来街目的や購入品を調査した。
  • その過程で、外国人の情報収集源が主にSNS・動画サイトであることや、価値の捉え方が日本人と異なる可能性に気付いた。
  • コロナ禍以降、外国人観光客が増加しているが、神保町に特化した外国人の公式データは見られなかった。一方で、雑誌『タイムアウト』の「世界で最もクールな街ランキング」で神保町が一位に選出される等、国際的注目度は高まっている。
  • 外国人視点での「神保町感」を明らかにする必要性があると考え、本テーマを研究テーマに選定した。
  • 研究目的は次のとおり。
    • SNS上の投稿から、外国人特有の神保町感を分析すること
    • 本の街・神保町における新たな魅力を発見すること
    • 今後の神保町の在り方を検討する上での有益な示唆を得ること
  • 研究方法は次のとおり。
    • 分析媒体:動画発信が活発なTikTok及びYouTube。
    • 分析対象:外国人投稿者が実際に神保町を訪問しており、街並みや店舗の様子が確認できるもの。かつ、発話・字幕・概要欄から評価が読み取れる投稿に限定。
    • 収集件数:計200件(TikTok 150件、YouTube 50件)。
    • 分析内容:投稿者の国籍、訪問時期、来訪目的、印象・評価の整理。キーワードや特徴的なイメージの抽出。神保町訪問が「主要目的」か「付随目的」か。

【TikTokにおける調査結果】

  • 投稿者の国籍は英語圏が50%と過半数を占めるが、アジア圏から中東圏まで幅広い地域からの来訪が確認された。
  • 10月の投稿が特に多く、毎年開催される「神田古本まつり」の影響が大きいと推察される。実際のインタビューにおいても、次回古本まつりへの期待や、過去の開催時期に合わせた来訪経験を語る回答が得られており、非常に人気の高いイベントであることが分かった。
  • 春から初夏にかけて観光客が多い傾向にあり、滞在のしやすさといった気候条件も来訪時期に関係していると考えられる。
  • 投稿者の傾向
    • 若年層:「写真映え・インスタ映え」を重視。書店の本棚を背景に写真を撮影し、動画のサムネイルに利用する等、表面的な楽しみ方が見られた。
    • 文化・知識層:特定の個店や書籍を目的に来訪。本の内容や専門性を重視し、目当ての1冊を求めて探索する姿も確認された。
    • 日本語が読めない観光客は、ポスターや書籍、雑誌の表紙といったビジュアル面を高く評価していた。
  • 訪問動機:
    • 海外で人気の小説『森崎書店の日々』の影響が非常に大きく、翻訳された本を持ち歩きながら、「ついに来ることができた」と感動を伝える動画も確認された。
    • 作品の舞台を巡る「聖地巡礼」的な楽しみ方をしている人もいる。
    • 自身の趣味や仕事に合わせて専門古書を探す姿が見られる一方で、「かわいい」といった「映え」に留まる表面的な目的も見られた。
    • 日本語が分からなくても、「歩くだけで楽しい」という声があり、特定の店舗には入らず、街並みを楽しみながら写真撮影をする人もいた。
    • 長い歴史を持つ喫茶店やカレー店、イスラム教徒向けの飲食店等、グルメに対する評価も高かった。
  • 来訪形態:神保町を主目的とする「本命型」と、他地域訪問の延長として偶発的に訪れる「ついで型」の2つに分類。
    • 動画調査の過程で「東京ドームから歩いているうちに神保町に辿り着いた」という意見が見られたことや、「ついで」の観光客が多いという実感が、この分類のきっかけとなった。
    • 神保町への来訪は、意図的な訪問と偶発的なものに大別でき、それぞれに応じた異なる対応が必要。
  • TikTokの分析では、「本命型」が約6割、「ついで型」が約4割だった。
    • 「本命型」の特徴としては、自身の専攻や職業に関連した専門性の高い希少本を求めて訪れる層や、作品の聖地巡礼を目的とする層があり、古書店で購入した本を喫茶店で読みふける等、街に入り浸る行動が確認できた。
    • 「ついで型」は、周辺地域からの流れで立ち寄る割合が高い傾向にある。
    • TikTokの多くは1分以内のショート動画であり、詳細な行動過程の把握には限界があった。そのため、より長尺で行動文脈が捉えやすいYouTube動画を分析し、来訪行動の詳細な調査を実施した。

【YouTubeにおける調査結果】

  • 「本命型」が約45%、「ついで型」が約55%だった。
  • 「ついで型」の特徴について、訪問ルートをもとに以下のカテゴリーに分類した。
    • 文化横断型:神保町→中野→高円寺、サブカルチャーやヴィンテージ文化を楽しむ。
    • オタク文化連続型:神保町→秋葉原
    • 文化散策型:日比谷→神保町→銀座
    • 対比型:神保町→原宿→渋谷、原宿や渋谷といった賑やかなトレンドエリアと合わせ、神保町の落ち着いた雰囲気を対比させて楽しむ。
    • ブックカルチャー横断型:神保町→代官山→中目黒、代官山の蔦屋書店や中目黒のCOW BOOKS等、新刊・古書店を問わず東京に点在する大規模書店を1日かけて巡る。
  • 「本命型」の経路例とタイプ 
    • カレー店、喫茶店、新刊・古書店を区別なく巡り、食・本・休憩・買い物を総合的に楽しむ「フルコース型」が見られた。
    • 自身の専門分野に応じて時間をかけて書店を巡るケースや、純喫茶や古書店といった神保町ならではの歴史ある店舗を選別して巡るケースが確認された。
    • これらの来訪者は、神保町の歴史や書籍、旅行に対する関心が高い傾向にあり、事前にインターネット等で街に関する情報を十分に収集している。
  • 動画内で頻出した店舗
    • カレー店「ボンディ」が1位、2位に「さぼうる」が続く。次いで英語書籍や希少本を扱う専門店がランクインし、7位には「@ワンダー」が入った。
    • 店頭での特徴的な本の陳列や、ワゴン販売を行なう形態は外国人の目を惹き、高い人気を集めていた。
  • 「ついで型」の多くは、本の陳列や他国では見られない圧倒的な冊数、店の雰囲気といったビジュアル面に惹かれる人が多く、購買には至らないケースが多く見られた。

【結論と考察】

  • 来訪者は国籍、職業、趣味の面で非常に多様。本を主目的としない来訪も一定数見られた。
  • 店先に並ぶ図書を「映え」の対象として捉え、購買行動を伴わない例も多く確認された。
  • 外国人観光客の約半分は、複数の目的地の一つとして神保町を訪れている。一方で「本命型」は街の魅力に深く浸るような観光形態をとっている。
  • 喧騒の多い東京において、神保町は珍しく落ち着いて静かに過ごせる「特別感あふれる街」であると表現する人が多い。
  • ついでに訪れた外国人を、いかに滞在時間の延長や購買に繋げるかが重要。
  • SNSは来訪のきっかけとして非常に有効な手段。一方で、「ついで型」の来訪者は、場所の理解が不十分なまま来街し、現地で入手できるガイド雑誌(神保町マップ)等のアナログ媒体を好んで活用する割合が高いことが分かった。
  • SNSに偏り過ぎず、依然としてアナログ媒体を利用する層を重視すべき。

【今後の施策】

  • 紙媒体の継続的な更新
  • 宗教的配慮(ハラール対応等)
  • 店先の本棚、ワゴン販売等、偶然の出会いを生む陳列を継続していく工夫。
  • SNSデータには偏りがあり、利用率の低い高齢層等の声が十分に反映されていない。今後は現地観察を含め、より包括的な分析を行なう必要がある。

【卒業論文の発表後、独自で調査した情報】

  • 神保町をサムネイルに使用している外国人YouTuber2組に対し、InstagramのDMを通じて質問を行なった。両者とも神保町への来訪経験が複数回ある。
    • 対象者1:Ralph & Sam(夫婦):フィリピン出身。世界中を旅しており、複数回の来日経験がある。
    • 対象者2:Christy:オーストラリア出身。日常生活の動画を投稿しており、イラストレーターやライターとしても活動。
  • 質問①:神保町を知ったきっかけ
    • 両者とも、主な情報源はSNSやインターネット。
    • Sam氏は、本屋ではなく「行ってみたい天ぷら屋」を調べていたことが来訪の契機となった。
  • 質問②:実際に訪れてみて印象に残った点、良かった点
    • 町の雰囲気がゆったりとしており、人が多過ぎず「観光地化されていない」点。歴史にも興味があり、神保町の大学や出版社の歴史についても調査した。(Christy)
    • 古書のように、特定の分野に特化した街を訪れる体験自体がユニークでおもしろい。(Sam)
      ⇒東京にある他の地域と神保町を明確に差別化して訪れている観光客も多いのではないか。
  • 質問③:物足りない点、改善点
    • 若い頃は英語のアンティーク本が高価で手が出ず、近隣のブックオフの方が良いと感じたこともあった。しかし、神保町にしかない本も多く、現在の神保町を非常に気に入っているため、「外国人向け」に街が変わってほしくないと考えている。(Christy)
    • 古書のほとんどが日本語で書かれているため、読むことができない。結果として、ビジュアル面での評価が中心になってしまう。(Sam)
      ⇒外国人観光客にとって、敷居が高いのは事実のようだ。
  • 質問④:購入品
    • 国内外問わず複数の書籍や雑貨を購入。多和田葉子氏の『地球にちりばめられて』の英語版や、村上春樹氏の『1Q84』 の日本語版等。『1Q84』はオーストラリア版よりも日本語版の表紙デザインが好みだった。日本語版は日本語の学習にもなる。(Christy)
    • 日本語を読めないこともあり、トートバッグ等、デザイン性の高い雑貨類を購入。(Sam)
      ⇒先行研究や動画調査からも、日本の書籍や漫画を購入することが日本語の勉強になるとの声が挙げられた。
  • 質問⑤:お気に入りの店舗
    • 英語のアンティーク本の品揃えとセレクションが素晴らしいため、北沢書店へ必ず立ち寄る。(Christy)
    • ヴィンテージ雑誌を好んでいるため、magnif(マグニフ)を訪れる。(Sam)
  • 神保町に相当強い関心を持っていない限り、多くの外国人は視覚的な魅力を重視する傾向にあるようだ。
  • 来訪者自身は、価格設定や街全体の雰囲気を「外国人向け」に変えることを望んでいない。
  • 一方で、街や古書店の案内に英語表記を加える等の配慮は必要。
  • 偶然立ち寄った観光客に対し、次回の旅行では神保町を「本命の目的地」として選んでもらうための工夫や改善が、今後も求められる。

▼質疑応答・意見交換

  • 非常に貴重な情報をたくさんいただいた。
  • 「本命型」と「ついで型」の比率について、自身の感覚的にはどれくらいだと思うか。
    →YouTubeとTikTokでは調査結果が半々だったことは意外に感じた。調査開始前は、神保町は専門性の高い街というイメージが強く、相当な興味関心がなければ訪れない街だと想定していた。実際に調査を進めると、特定の職業を持つ人が専門性を求めて来街している実態も確認できた。
  • 「ついで型」の分類について、いずれも結果的に神保町を中心に周っているような印象を受ける。神保町とは全く無関係な来訪者(歩いていたら、偶然着いてしまった)はいたか。
    →実際に「東京ドームから歩いてきたらたまたま辿り着いた」という来訪者は存在した。雑誌制作のインタビューでは「ここが神保町という場所なのか」と尋ねる人もおり、訪れている場所が神保町であることすら認識していないケースが確認された。
  • 偶発的な来訪者がいて街が形成されていくものだと思うが、そういう「神保町を認知していなかった層」の関心はどうだったのか。変わった街だと思ったのか、おもしろいなと感じてYouTubeに投稿したような事例はあったか。
    →調査では、神保町を全く知らない人が動画をアップしていた事例は確認できていない。一方で、街頭インタビューにおいては「雰囲気がいい」という意見はよく聞かれた。
    →偶然訪れた層に、いかに滞在時間を伸ばしてもらい、消費に繋げるかがポイントになるかもしれない。
  • 雑誌制作時の突撃インタビュー(約40人)において、いかにも外国人風な人々に声をかけたため対象者の国や地域に偏りはあったかもしれないが、「神保町を目的とした層」と「偶然訪れた層」が約半数ずつ存在していた点に驚いた。
    都内居住者の感覚では、秋葉原や東京ドーム、日本橋といったエリアから神保町へ移動しようとすると、地下鉄の乗り継ぎ等で30分以上かかるという心理的な距離がある(実際にはこれらの地点から神保町までは徒歩10分程度で移動が可能)。
    地理的な先入観のない外国人観光客にとっては、徒歩圏内を移動中に偶然、神保町に辿り着くケースが多く、その結果、「変わった街だ」と関心を持った人がいたという点は重要なポイントだと感じた。
  • 神保町だから人が来る、という思い込みが強すぎたことに気付かされた。今後は、偶然訪れた層をいかにリピーターへと繋げるかを検討する必要があると思った。
  • これまで、神保町のコアなファン向けのメッセージに偏りすぎていた可能性があることを認識できた。
  • 神保町という場所が持つ磁場の力は強いため、一度足を運んでもらえれば、その魅力を十分に伝えることができる。
  • 全体像がより数値化され、サンプル数やその分布が明示されることで、さらに説得力が増すと思う。アカデミックな論文において、結論を補完するようなビジュアルが示せるとより良いと感じた。
    →卒業論文内にはグラフやパーセンテージを掲載したが、動画分析の過程でどうしても主観的な判断が入ってきてしまう。特に「本命型」「ついで型」の分類に主観が含まれる点は課題。今後は論文等を読む等して専門性を高め、エビデンスに基づいて根拠を示せるように取り組みたい。
  • サンプル数はどのくらい拾えたのか。
    →収集件数はTikTok150件、YouTube50件、合計200動画。
  • 大変貴重な話だった。古書店や飲食店については触れられていたが、新刊書店の話は全くなかったのか。
    →インタビュー時の話だが、神保町を詳しく知らない来訪者は、街並みを楽しむ一環として、東京堂書店等の新刊書店に「綺麗だ」という理由で入店するケースも見られた。一方、専門的な古書店に対しては「敷居が高い」と感じる人もいた。そういった層は、新刊書店で雑貨等を購入していた。
  • 書泉グランデのコミックフロアであれば、ビジュアルで楽しめる。日本語の専門書は敷居が高いが、逆にこういう場所であれば、外国人の関心をより惹きつけられるのでは。
    →漫画本は日本語で書かれているが、好きなキャラクターなら日本語の勉強にもなるため購入する人がいた。ビジュアルや表紙が前面に出ていることが、入店のしやすさや購買意欲に繋がるのではと考える。
    →三省堂書店の4階にジャンプショップが入る。このことで、外国人観光客の動向が変わってくる可能性もある。

▼ゲストスピーチ「神田神保町における雑居ビル群の抽出と雑多性の分析」【坂本渉馬】

  • 地元の駅前の再開発をきっかけに、建築や都市空間への関心から建築学科を志した。
  • 集落に見られるセルフビルド的な建築には、住民がライフスタイルに合わせて開口部を改変したり増築したりする等、無秩序に改良された跡が多く見られる。人々の生活の様をダイレクトに反映しており、外部空間との境界がない建築のあり方に興味を持つようになった。
  • 神保町や御茶ノ水エリアは、好きな飲食店があることや地縁もあり、もともと愛着のある土地。俯瞰して歩いてみると、セルフビルド的な建築が数多く存在していた。東京は整然としたコンクリートやアスファルトで構成された綺麗な街並みばかりだと思っていたため、とても驚いた。同様の現象は、秋葉原、神田、新橋等でも見られる。
  • 雑居ビルは一部のアジア地域に特有のビルディングタイプで、東京を代表する都市景観とも言われている。雑居ビルを評価する研究や文献が極めて少ないことから、本研究に取り組むこととした。
  • 東京の都市空間を俯瞰すると、狭小な土地を最大限に活用する形で建設された中低層のビル群が立ち並ぶ様相を確認できる。これらの中低層ビルは、復興期の日本を支えたビルディングタイプでもあり、多様なテナントが入居する複合形態から「雑居ビル」と呼ばれている。
  • 実際に神保町の雑居ビルを観察すると、一見、単なる四角いコンクリート造のビルに見えるが、屋上にペントハウスのような増築が施されていたり、商品や看板、室外機が街路空間へと表出していたりする。
  • また、修復されないまま放置された看板の跡が無造作に残されていたり、外壁素材が唐突に切り替わっていたり、ファサードを覆い隠すような看板等が見られる。
  • こうした雑居ビルに見られる非計画的で特徴的な現象が、整然とした都市計画の中に共存している点に着目した。
  • 雑居ビルの研究を確認すると、ビル単体の歴史や内部構造の違いに関するものは多いが、雑居ビルが群として連続した際の景観特性や空間に関する研究はあまり存在しない。
  • 本研究は、GIS(地理情報システム)を用いた雑居ビル群の抽出方法を提示し、抽出された雑居ビル群が持つ「雑居性」を定量的に把握すること、及びその景観特性を明らかにすることの2点を目的としている。
  • 「雑居ビル」について、明確な定義は確認されていない。消防法をはじめとする防災関連法規において、その管理上の特性が言及されるにとどまっている。本研究では、以下に示す4項目を全て満たす建築物を「雑居ビル」と定義することとした。
    • 複数のテナントが入居し、単一用途ではない複合的な利用形態をとっていること。
    • 直通階段が2以下かつ昇降機が1台以下であること。
    • 3階以上かつ市街地建築物法の百尺制限に基づく高さ31m以下であること。
    • 商業地域に位置していること。
  • 雑居ビルの抽出には、地図上に建物のデータを表示できるソフト(GIS)を用いた。インターネット上に公開されている千代田区の建物データを取り込み、定義した4項目を満たす建物をフィルタリングする作業を行なった。
  • 建物の外形線から一定間隔離れた線(バッファ)を掛け、それぞれのバッファが重なり合う場合を「雑居ビルが連続した群」とみなす手法を採った。
  • 神田神保町においては、すずらん通り(幅員約11m+歩道幅=13m)を内包する建築物群が、いわゆる「雑居ビル群」としてふさわしく、6.5mのバッファを設定することが最適だと考えた。
  • 6.5メートルのバッファを用いた抽出を千代田区全域で実施したところ、対象となる建物は4,975棟にのぼり、雑居ビル群が129箇所存在することが確認された。
  • 秋葉原の駅前では再開発が進んでいるが、神田駅周辺、水道橋、飯田橋、市ヶ谷、麹町といったエリアには、雑居ビル群が点在していることが確認できる。
  • 神田神保町には、当初の抽出で雑居ビルが471棟、雑居ビル群が10箇所存在した。
  • その後、実地調査による建物の現況確認に加え、不動産データベースを用いた地形図の割り当て等の文献調査を行ない、データクリーニングを実施した。結果、雑居ビル427棟、雑居ビル群9箇所となった。
  • これら9箇所の雑居ビル群を対象に調査を行なった。増改築の痕跡、商品等の「溢れ出し」、看板の脱着跡といった雑居ビル特有の現況が、神保町の「雑居性」の一因となっていると考え、建築的なハード面が関与する要因と、テナント等のソフト面の要因という2つの視点から整理を行ない、8つの評価指標を設定した。
    ①建築年代
    ②テナント階密度(各群のテナント総数を各群の延べ階数で除したもの)
    ③平均テナント数
    ④溢れ出し度(各ビルの表出物の合計を各群における道路の総延長で除したもの)
    →集客に用いられる商品・看板を「集客用途」、家具・ゴミ箱・室外機等の集客には用いられない、表出することを望まれないものを「非集客用途」と分類。
    ⑤増改築出現率
    ⑥看板脱着痕率
    →建物に脱着跡があれば1カウントとしている。
    ⑦外壁素材の混在度
    →トタン張りやタイル等、複数の素材が混在することによる雑多な印象を受ける。
    ⑧看板情報量
  • 各群のテナント構成を見てみると、事務所や住居等の非店舗系の用途が主体。一方で、店舗系テナントが集まる群が特徴的に存在する構造であることが分かる。
  • テナント階密度と平均テナント数を見ると、テナント階密度は1未満。このことから、神田神保町における群の雑多性は、単に複数のテナントが集積する高密度な土地・建物の利用形態のみによって形成されているわけではないと判断できる。
  • 増改築と看板脱着跡については、正の相関関係が見られる。本来、美観を損なうため修復するべきとされるものが、修復されずに許容されている実態がある。建築の形式よりも、テナントの営業活動を優先していることを示している。これらが、神田神保町における雑多性の発生構造の一因となっていると推察される。
  • 溢れ出し度は、0.12以上という高い値が確認された。非集客用途の比率が高まる傾向にあり、建築計画上、外部への表出が望まれない機能的な「溢れ出し」もまた、神保町の景観形成の一因となっていると判断できる。
  • 溢れ出しと店舗系テナントの出現率を見ると、一定の相関関係が認められた。このことから、溢れ出しの有無は建築物というハード側の要因よりも、入居するテナントの活動というソフト側の要因に依存していることが示唆される。
  • 9つの雑居ビル群に対してWard法による階層型クラスター分析を適用した結果、神保町の雑居ビル群は大きく3つの類型に分類できることが分かった。
    • 多情報量型(各指標の値が高く店舗系テナントの割合が多い群)は非常に雑多な印象を受ける。
    • 少情報量型(比較的表出が抑制されている群)は非常に落ち着いた印象を受ける。
    • 高密度集積型(高密度ながら溢れ出しや視覚的な情報量の表出が少ない群)は落ち着いた印象は受けるがテナントが多く入っており、オフィスビル街という印象を受ける。
  • 神田神保町における「雑多性」は、エリア内の全てのビル群に表れているわけではない。一部の「多情報量型」の雑居ビル群が、その景観を形成している。一般に地域性はエリア全体の個性として語られることが多いが、神田神保町においては、こうした局所的なビル群の集合体が街全体のイメージを形成しているといえる。
  • 雑居ビルにおける「雑多性」は、入居するテナントの属性や内訳、活動内容によって構成されている。商品の溢れ出しや看板の増改築といった現象は、テナント活動が外に現れた結果。
  • 本研究で提示した雑居ビルの抽出方法および雑多性の評価指標は、他のエリアにも適用が可能。今後は秋葉原や新橋といった、異なるテナント特性を持つ他の商業集積地へ対象を広げることで、エリアごとの比較検証を行なうことができる。

▼質疑応答・意見交換

  • 「溢れ出し」という言葉は建築用語か。
    →「溢れ出し」という言葉自体は先行研究がいろいろあり、使われてはいる。溢れ出し度のスコア化については自身で算定した。
  • 道路にはみ出している物に着目した研究は初めて目にしたため、非常に興味深かった。1990年代に「はみ出し自動販売機事件」の原告を務めた際、千代田区全域を調査し、神保町内のはみ出し自動販売機の写真と地図を作成して裁判資料とした経験がある。もし1990年代に、このような研究が行なわれていれば、当時のはみ出し度は今よりさらに大きかったのではないかと思う。
  • 物体そのものではなく、情報が外部に表出しているという観点は、非常におもしろかった。現在は「出す側」の視点から情報の表出度を分析しているが、受け手である歩行者の視点を取り入れて、情報が実際にどのように見え、どの程度の密度で感じられるかという評価をしてみるのもアリではないか。道路の幅員や歩道の有無が、受け止める側の状況を反映して、情報の出し方も変えているのではないかと思う。
  • 赤坂見附周辺を歩いていると、再開発によって古いビルが次々と取り壊され、巨大なビルになっていく様子に、ある意味、無機質さを感じる。雑居ビル群が神保町の持ち味であり、神保町らしさを形成している。良い面と悪い面の両方があるが、こうした雑居ビル群が街の一部であっても存在していることが、人々を惹きつける要因になっている。この視点は、今後、大型再開発の意義を問う上で重要になる。神保町の将来を考える際、残さなければいけない街の特性や特色が、「溢れ出し度」という指標にも表れていると感じた。
  • 写真を見ていて、上海のアパートで見られる、上階から旗のように突き出した洗濯物の光景を思い出した。日本では見られない独特なもの。現在は中国政府の規制により、そうした光景が一晩で消失するといった変化が起きている。
    日本においても、かつて法律により姿を消したのは「はみ出し自動販売機」。また、道路上に看板が出ていると道路占用料が徴収されるようになったことで、中小ビルが一斉に突き出した看板を廃止し、窓面に広告を貼る形態へとシフトした。街の景観は、法律による誘導によって形作られる側面があるのかもしれない。看板と景観に関する論文はあるか。
    →看板の種類をまとめた論文はいくつか存在する。
    →街の景観において、看板が与える影響は大きい気がする。
    →外国人観光客が抱く東京のイメージにも、看板景観が影響しているかもしれない。
  • 雑居ビル、雑居ビル群の定義を厳密に定めている点が非常におもしろいと感じた。評価の中で「雑多」という言葉が多用されているが、「雑多」とは一体何なのかという定義を掘り下げると、さらに良くなると感じた。
    提示された3種類の類型についてはその通りだと思うが、重要なのは、それらを見た瞬間に「なぜ雑多度が異なると感じるのか」という点。ここでは「雑多」をポジティブに捉えているが、この概念を定量的に評価できれば、研究の質がさらに向上するように思う。
    →「雑多」という捉え方自体が個人によって異なるかもしれない。恣意性は含みつつも8つの指標で示したが、その点は今後の課題だと感じている。
  • 「雑居ビル」の定義において、エレベーターの数により大規模なものを除外したということか。
    →最初は面積による区分を検討していたが、その手法では基準の引き方により分類から漏れる物件が多く生じてしまう。そのため、エレベーターの個数に着目する手法を採った。
    →それらを機械的に地図上で集計できるシステムがあるのか。
    →エレベーターの個数については、一軒一軒、自身の目視により確認し、集計した。

▼懇談会

  • 行動・発信面からのアプローチと、数値化によるアプローチという異なる手法を用いた研究の対比が興味深かった。
  • 観光地や旅行代理店が「何月にどの国からの観光客が多いか」を分析してセールスに生かしているように、神保町においても同様のアプローチができたらと思った。
  • 大阪の薬局等のように、看板の言語や店員配置で明らかなインバウンド対策を行なっているわけではないにも関わらず、海外の人々が神保町のファンになってくれていることは非常に嬉しい。
  • Instagramのハッシュタグで神保町を検索すると矢口書店の出現率が非常に高く、改めて「インスタ映え」するスポットとしての存在感を実感した。
  • 神保町とディズニーランドのワールドバザールや歌舞伎町では、情報の数値としては似ているかもしれないが、受ける印象は全く異なる。現在は表出しているものの点数で出しているが、その質(廃棄された冷蔵庫なのか、自販機なのか、あるいは本なのか)が重要。本が並んでいる状態であれば、多くの人が歓迎するかもしれない。
  • 質を研究することは難しいと思うが、色彩や置かれているもの(本かゴミ箱か)、言語(漢字・ひらがな・英語)等の要素を写真から自動的に点数化できれば、街づくりを議論する際の有益な材料になると考えた。
  • 神戸の旧居留地では、菓子屋の看板は許容されるが寿司屋の看板は不可とされる等、街づくりの一環として明治時代に欧米人が作り上げた雰囲気を守るための合意形成がされていると15年程前に聞いたことがある。神保町の人々がこの街特有の看板や商品のはみ出しをどのような感覚で捉えているのかについて、興味が湧いてきた。非常に楽しい発表だった。
    →たしかに、神保町には是が非でも外国人にアピールしようとする姿勢がない点が、かえって魅力に繋がっているのかもしれない。一方で、映画やアート系のビジュアル資料や画材等の周辺グッズがそれを補完しているのかもしれない。個別の店舗だけではなく、街全体としての「群」の強みが生きていると感じた。
  • 神保町で出会う人には若い世代が少ない印象がある。研究を通じて見出した神保町の魅力を、若年層に向けてどのように紹介すべきか。
    →実際に街頭で確認された外国人来訪者の属性は、幼い子供を連れた30代の家族連れや新婚旅行客等、20代から30代の層が多かった。日本人はシニア層が来街するイメージだが、外国人は若い人が来ている。そのため、外国人向けに何か施策を行なう場合、あえて若い人向けに特化する必要は感じていない。浅草や新宿等は看板を外国人向けに出していたりするが、神保町は今のままでも若い外国人が訪れている実態がある。
    最近の外国人観光客は一歩先を行っている印象があり、「外国人のための日本」になることを望んでいないように見受けられる。日本を初めて訪れる層は英語の案内に頼る傾向があるが、来日経験が豊富で知識のある層は、日本らしさを貫いているありのままの姿を好んでいる。
    外国人の若者に焦点を当てる際も、あえて英語表記を増やしたり英語雑誌を前面に配置したりするのではなく、ビジュアル面で惹きつけるものを店頭に出す手法が有効ではないか。調査結果においても、矢口書店がYouTube等のサムネイルで圧倒的に多く採用されている。神保町は、こうしたビジュアルの力を活かしつつ、日本らしさを前面に出していく形が良いのではないか。
    →実体験として、神保町には意外と若い来街者が多いと感じた。もともと大衆受けを狙って形成された街ではないため、あえて若い人向けの特別な施策を講じず、今のままでいいのではないか。
  • 大学で教えているが、学生は動画媒体を好むため、山本さんのような研究手法であれば挑戦してみたいと考える学生が現れるかもしれない。非常に参考になる内容だった。
  • 坂本さんの研究は、言葉の定義を厳密に行なったうえで、アカデミックな論法に基づき執筆されていることが伝わった。外観の目視調査や360度カメラを用いた撮影等、自らの手足を動かして緻密にデータを積み上げた姿勢に感動した。
  • 昨日の日本経済新聞に掲載されていた千代田区の神保町に関する記事について、建物の1階や2階に書店等の出版関連の店舗を入れることで容積率を緩和するという施策は、建替えの促進を目的としたものか。
    →建替えを希望しているものの資金面等で踏み切れない層をサポートする施策ではないか。リノベーションも対象に含まれている。記事からは書店・古書店に限定されているようにも見受けられた。
    →出版に関わるものと幅広く設定されていた。千代田区側も、古書店や書店のみならず、本に関わる産業全体を重要産業として位置付けているように感じた。
  • 5月30日に神保町リデザイン会議のシンポジウムを実施する予定。樋口区長にも参加いただきたいと思っている。
  • 雑居ビルの話で、ソフト面はテナント、ハード面は建築という整理だったが、ソフト面にはテナント以外の要素も含まれているのではないか。見方を変えることで、よりおもしろい分析ができるかもしれないと思った。利用する人がいるからこそ、現在の建築形式になっている。神保町を盛り上げようとしている人々の活動に触れていると、単に営業目的だけで出来上がったとは一概には言い切れないように感じる。
  • 新宿の雑居ビルと比較して、神保町はビル当たりのテナント数が少なく空いているとのことだったが、その理由は何か。
    →神保町では一つのテナントがビル内の複数階を占有して利用しているケースが多く、そのために数値が低く表れていると考えられる。空いている理由は突き止められていない。
  • 大学生の視点から、都内で一番好きな街、遊ぶ街はどこか。
    →下北沢。古着が好きだから。
    →神保町と同じくらい新橋が好き。飲みに行くのも新橋。
  • 外国人へ神保町が好きな理由をヒアリングすると、「他の外国人観光客が少なく特別感があるところ」と返ってきた。外国人を積極的に呼び込むことが、結果として元来の魅力を損なわせ、既存のファンが離れる要因になることも。一概に誘致を進めることの是非も考える必要がある。
  • 日本人は再開発された綺麗な街に行きたいと思う一方で、吉祥寺、下北沢、高円寺のように昔ながらの店が残っている街に特別感を感じたりもする。
  • 大規模再開発は収益性の観点から画一的なテナントを入れがちだが、下北沢等の雑居ビル群は床面積が小さいため、マイクロビジネス(小規模商業)が成立しやすく、結果として個性的な店が維持されている。

▼次回の予定

  • 次回は未定。
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