第3回 出版セミナー 「神保町から眺める日本の出版産業」
出版セミナー
2024.11.15
日時 | 2024/11/15 14:00~15:30 |
登壇者 | 鈴木親彦氏(群馬県立女子大学准教授) |
参加者 | 7名 |
▼登壇者発言概要
- 神保町を起点に日本の出版産業を概観してみたい。
- 日本出版学会出版産業研究部会の部会長を務めており、現在の出版の変化について考えている。
- 神保町には深い縁があり、以前は神保町駅すぐの国立情報学研究所・ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター、さらに以前は出版販売会社(取次)である株式会社トーハンに所属していた。
- (神保町を空撮したGoogle mapを提示)小学館や集英社など、大規模出版社がある街。中央公論美術出版のような小中規模の出版社もたくさんオフィスを構えている。
- 鹿島茂さんが手がける共同書店(co-owner)もあるし、姉川書店(神保町にゃんこ堂)のように、新刊を手に取れる個性的なお店もある。
- 過去には中堅取次会社の本社もあった。
- 神保町の風景は「日本の出版産業」を知る入口で、魅力的な出版産業の施設が多くある。一方で、「日本の従来型出版産業」が岐路にあることを示す入口にもなっている。
- どの出版社も良質な出版物を作り、世に送り出している点においては同じだが、「量」においては大きな差がある。特に「雑誌」というメディアにおいては差が大きかった。ここでいう「雑誌」は出版産業・流通上の区分。定期刊行性、ISSN(雑誌)とISBN(書籍)。
- 20世紀の日本の出版産業を、経済効率性の意味で支えてきたのは「雑誌」。つまり現在は違うということ。それはなぜか、出版物の流通の仕組みを知るとみえてくる。
- 1988年と現代の流通ルートをまとめた図を示す。出版社から取次、書店、読者へと本が流れていく基本は変わっていない。
- 日本の書店では、雑誌も書籍も扱っている。また、雑誌と書籍は同じ流通プレイヤー(=取次)が選んでいる。これは必ずしも全世界的なスタンダードではない。
- 書籍と雑誌では流通で求められる点が違う。だが、定期的に一斉に大量に刊行される雑誌(同じタイミングで同じように大量に全国に流す)と、多品種少量で代替性が低い書籍を一緒に運ぶのは、ある時期までは産業としては効率が良かった。
- 萌芽期は江戸時代。相対的に平和な時代で、大都市圏での出版の興隆(来年2025年の大河ドラマ「べらぼう」で描かれることを期待している)、地域産業としての出版の成立、ベストセラーの登場により、出版が職業として成り立つようになった。とはいえ、技術的・制度的に、今日のように全国で同じ出版物に同じようにアクセスできるという状況ではない。
- 現在につながるのは、明治時代における「全国読書圏」(永嶺重敏『読書国民の誕生』2004年)の成立
- 鉄道網整備が明治20年代から始まり40年代に一段落、主要幹線がほぼ日本全土を網羅する状況に。出版物を乗せれば日本全国に届けられる。雑誌を対象とした鉄道の特別運賃が設定された。
- 雑誌販売店の系列化、「大取次」「元取次」と呼ばれる大手取次による東京に一極集中した出版流通の寡占化が進んだ。
- 雑誌は当初は書籍のための客寄せ、薄利多売の商品だった。
- 「明治20年代の書店は雑誌の販売に力を用いず、わずかに絵草紙や新聞を並べて売るのがせいぜいで、その売上量は出版物の五分程度。」田中治男『ものがたり東京堂史』1975年
- 委託制と定価販売の定着を一つの契機として雑誌流通が拡大。雑誌の大取次四社による「四大取次時代」とも呼ばれる雑誌黄金時代が到来。
- 出版流通上での書籍と雑誌の合流は、戦争が一つの契機。戦時色が強くなる中で1941年、「日本出版配給株式会社(日配)」が発足し、日本中の出版流通が一本化された。雑誌流通と書籍流通の合流。大規模に全国展開されていた大取次の流通網が重要なインフラとなった。
- 日配は戦後、GHQ統治下で解体。現在の主要取次は、解体された日配の経営資源の一部を母体としている。
- 特に、全国に効率よく大量に配送する雑誌流通網を引き継いだ点は大きい。復興・人口増・経済成長と共に出版物量が増加し、購買量も拡大する中で大きな利点。
- 次の二つの制度の下で世界にも例を見ない流通制度が完成。一時期は効率の良さは世界最高と考えられていた。
- 委託制:取引上の仕組み
出版物は書店が買い取るわけではなく、返品を可能とする。委託期間内に返品されれば、仕入れ値が返金される。実態は個別の売上マージンよりも、一定期間の送品金額と返品金額の差額精算。なお、注文品等については条件が異なる。
- 再販制度/再販制(再販売価格維持制度):法律上の仕組み
独占禁止法の適用除外として、出版物の価格拘束を認める。このため、日本中のどの書店においても、規模の大小を問わず出版物は同一価格で売られている。
- 出版社にとっての効率:全国への一律流通の担保、個別の書店を全て見なくていい、出版・編集のスケジュールがフレキシブル、間に入る取次が資金面のバッファが担保される
- 書店にとっての効率:出版物全てを完全に把握しなくてもいい、こだわりのない部分についても自動で揃う、在庫リスクを負わない、出版社と同様に資金面のバッファが担保される
- 読者にとっての効率:日本中どの書店でも同じように同じ価格で手に入る、店に行けば最新の本が並んでいる
- これは多くの人が毎号雑誌を読み、書籍を店頭に見にいくという時代においては、効率の良い仕組みだった。しかし、出版物との関係が変わる中で、便利さの中で目をつぶってきた点が、大きな問題に。
- 情報収集の方法の変化・多様化、インターネットの一般化により、雑誌の役割が変化し、売上が減少。雑誌の売上は出版産業を支えていたが、2014年に書籍と逆転。
- 書籍の買い方が変化し、特定の本を「名指して買う」「検索」が当たり前に。今はきめ細かな書籍流通の必要性が高まっている。元々偶然の出会いの場であった書店の店頭は、敢えて「セレンディピティ」をわざわざアピールする時短・タイパの時代になった。
- 20世紀型の、増え続ける読者に向けて、雑誌の大量流通を前提として、その上に書籍も載せるという仕組みの限界。
- 出版物の売上が減っていく中、大規模出版社の利益構造は変化。以前は「雑誌(コミック)で稼いで、書籍を出す」等と言われていたが今は昔。むしろ多様なメディアを展開し、コンテンツホルダーとして存在感を増す。
- 流通の厳しさが書籍中心の小規模出版社の出版にも波及。一方で大量に流通して「目に付く」本以外も拡散の可能性が生まれてはいる。
- 取次のもつ擬似的な金融機能は限界にきている。流通網が細っていくと取次の経営が厳しくなっていき、バッファの役割を担いきれなくなってきている。
- 単に本を売るだけではない「個性的な書店」は、魅力的な場所として観光地にもなっているが、これも出版産業の変化の一つの表れでもある。
- 神保町にもブックハウスカフェ、姉川書店(猫本専門 神保町にゃんこ堂)、共同書店PASSAGE等がある。
- 書店の平均的な活動のみでは「赤字」が基本の時代、生き残るためには「大型化」や「個性化」「複合化」が必要。
- 出版物の利益配分は出版社が多く、取次・書店は小さい。 実態として書店は1000円の本を売って230円程度の儲け。これは再販制・委託制の下で、在庫リスクがない側のマージンが低いため。しかし大量流通で利益が回ることを前提とした仕組みであり、現在は繰り返し議論されている。
- 日本の出版産業は、20世紀型の大量流通・画一的流通から変わろうとしている。
- 出版社も書店も、そして実は徒歩圏内にある取次も変わろうとしている。取次の大手二社は神保町の隣にある(トーハン:飯田橋 日販:お茶の水)。
- ぜひ、魅力的な神保町から出版産業のこれからの変化に思いを馳せてほしい。
▼質疑応答
- 流通史の話はおもしろかった。1)週刊誌の速さで流通できたのはなぜか。 2)海外では郵便でサブスクの例あり。コミュニティ的な雑誌販売のやり方は可能性あるか。 3)本を売ることは手間がかかるし売れない中で本の単価をあげていくことが大事だが、海外の書籍の単価の推移はどうなっているか。
→朝日新聞の週刊誌が朝日の流通網を使っていたかは即答できないが調べてみたい。週刊誌は元々は新聞社が作っていたが、戦後は出版社が作るようになった。 2)会員販売がうまくいくかというと、インパクトを与えられるほど物流量がない。 3)海外の書籍の価格は自分も調べられていない。
- 本屋は宝の山。お金を使ってしまうので、新刊の本屋には近寄らないようにしている。GINZA SIXにある蔦屋書店等はアートとコラボをしたり、本の並べ方にも力を入れたりしている。こういったところの経営はどうなっているのか。アートとコラボしている書店についてどう思うか。
→本を集客の一つにする方針とも言える。大都市圏でしか通用しないだろうと思っていたが、各地域での「居場所」にもなっていることが分かった。出版物が場の核になる可能性はあるが、一方で利益はカフェや書籍以外の物販からとなると、出版産業全体としては利益の取り方が難しい部分も多い。
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