日時 | 2024/11/28 18:30~20:00 |
登壇者 | スーザン・テイラー氏(ハーバード大学博士号、神保町研究) |
参加者 | 10名 |
▼登壇者発言概要
- 最近外国のメディアから自分の神保町の研究について多くのリクエストを受けている。また、より多くの人が、神保町が今の形で存続していることに興味を持っているように感じている。
- 本日は神保町を理解するのに不可欠である交換会についてお話ししたい。交換会はオークション形式で、「古書組合」1(全国古書籍商組合連合会)の支部によって運営されている。古書店が新しい在庫を入手するための大事な場。
- 交換会は正確にはオークションではない。西洋の古本取引には見られないもので、日本独自の仕組み。
- 交換会の歴史や入札システム等を説明することで、神保町や出版業界における、交換会を通じて形成される社会構造の絵が浮かび上がってくる。
- 神保町以外にも長く続いた古書店街としてはニューヨークの「ブック・ロー」がある。中でもストランド(Strand Book Store)は馴染みがあるが、これ以外の書店は1970年代に消えてしまった。
- 文化人類学の目的の一つは、「Making the strange familiar, and the familiar strange」(奇妙なものを馴染み深いものにし、馴染み深いものを奇妙なものにする」)であるとよく言われる。
- フィールドワークで北沢書店等の書店を歩き回ったり交換会に参加したりした。
- 小川町にある東京古書組合では、週4日交換会が開催されている。
- 明治時代の1880年頃から、神保町に古書店が集まり始めた。多くの大学・学校があり、大勢の学生や教授が本を購入していたので、古書店が集まり、その多くは今日でも営業している。それらの古書店は協力的な社会構造を生み出した。
- 明治時代では多くの若い男女が留学したり会社を設立したりした。出版業界も江戸時代から明治にかけて急速に変わった。
- 江戸時代は木版印刷。「書物問屋仲間」と呼ばれるグループで管理されていた。印刷、新刊、古本を一つの店舗で行なっていたが、明治以降、これらはそれぞれ区別され、独立した業態となった。
- 「神田書籍商同志会」や「東京図書倶楽部」等の団体が設立され、統合された。
- これらの団体や交換会は相互に支え合う市場を創造し、不確実な時代に安定を提供した。交換会は本の流通を維持する上でとても需要な役割を果たした。
- 古書店が一括で購入した本の半分は簡単に再販できるもので、半分は専門分野以外のもの。交換会ではその本をより売りやすい誰かと交換することができる。そして同時に、自分が特に欲しいものを買うことができる。
- 希少な商品や特殊な商品もあるが、全ての本が全ての古書店に適しているわけではないため、交換会はものが簡単に再循環するルートを提供する。
- 古書店は交換会ですぐに現金を調達することができるため、一時的な財政難に陥っても、財政的な問題を防ぐことができる。今月より強い立場にある人が弱い立場の人を助けることができるという点で、これも一種の交換と言える。
- 戦争、経済危機、デジタル経済も乗り越え、1世紀以上続いてきた。古書店は交換会がなかったらこの仕事はできないと言っている。
- 市場は、通常商品やサービスをお金と交換する場として考えられている。例えば先ほどコーヒーを買ったが、店員の名前は分からないし二度と会うことはなく、交流を通じて作られる社会的関係はない。
- しかし経済人類学者は、経済的な行動を単に利益や個人の利得という観点だけではなく、社会的な関係に根ざしたものとして捉える。マルセル・モースはgift economiesに関心を寄せたが、それは純粋に匿名的なものではなく、相互に義務を負う形で結びつけるもの。
- 日本ではギフトを贈り合うことはとても一般的。もし私の隣人がブドウか何かをくれたらは、私はそれと同等のお返しを贈らないといけない。
- マーシャル・サーリンズは、経済的な交換は実際には社会的文脈に組み込まれていると言う。取引は単なる値札や需給を超えているということ。交換会では人々は単に売買しているのではない。ネットワークが作られ、アイデンティティが形成されている。この社会的関係性の点で西洋の意味でのオークションではない。非合理的で時代遅れと言う人もいるかもしれないが、それは違う。むしろ安定的なシステムを提供している。これが神保町や日本の古書取引が現在の形で存続している一つの理由だと考えている。
- 交換会は、市場がいかに人間的であるかの例を与えてくれる。感情や義務、欲望に従う。
- 交換会には「振り手」と「入札」の二種類の形式がある。「振り手」はすぐに売買が成立するが、「入札」は封筒の中に金額を書いた紙を入れるサイレントオークションのようなシステムである。
- 交換会が行なわれる建物には2つのフロアにまたがる広いスペースがある。組合員にのみ開かれており、入場には名札が必要。
- 中央市、東京古典会、東京洋書会、東京資料会、一新会、明治古典会がある。
- 中央市では本だけでなく、誰かのオフィスにあったような雑多な物が並ぶ。こけしとか、能面とか、インドネシアのマスク等もある。東京古典会では、古典籍から明治時代以前のものを主に扱う。
- 例えば、昆虫の本を専門に扱うクワガタ書林(仮名)が入札に参加するとする。紐で束ねられたロットに添えられた封筒の中に、入札額を書いた茶色の紙を入れる。封筒に入れたものを他の人は見られないので、匿名であり、それがいわゆるオークションと異なる点。また、その場にいなくても組合が代わりに入札できる。
- 紙にはロットのID番号、入札額、書店名を書く。通常折り畳んで入れられる。入札額は複数書くことができ、高い額を上に低い額を下に書く。入札額の数は、金額の範囲に応じて決められている。例えば、最高入札額が1万円未満なら2つの額、1万円から10万円の範囲なら3つ記入できる。
書店はロットを見て販売価格を見積もる。そして、見積もりの何%かを入札する。これは一般的な本でも希少本でも同じだが、希少本の場合、書店は顧客を想定しているため、より高い金額を提示することがある。 - 一般的なオークションでは最高額の入札が勝つが、そうではなく、複数の入札を横断的に比較し、より上回った入札に決定する。すなわち、出品者は必ずしも書かれた最高額を受け取るわけではない。これはインフレをコントロールする方法でもある。また、落札価格は丸で囲まれてロットにとりつけられ、それを誰もが見ることができるので、価格予測のコミュニケーションとしても機能する。低い額は「この値段で落札できたら嬉しい」、中間の額は「他の人が考える価格はこれくらい」、高い額は「どうしても欲しい」という入札者の感情の共鳴でもある。
- 入札は信頼関係に基づいて運営されている。参加者が互いに様子を見ていて、何か不正行為があれば指摘され呼び出される。
- 封筒の物質的な性質(materiality)が他の入札者に影響を与える場合がある。封筒を受け取った時、厚みで中にどれくらい紙が入っているかが分かるので、中は見られないがどれだけの入札が行なわれたか推測できる。但しこれが悪用されることもある。
- 入札はキャンセルすることができる。ライバルの様子を見て最初の入札に後悔したら、「改めて」と記した新しい紙を入れて最初の入札をキャンセルできる。さらに変更したければ「再改めて」と記入した紙を入れれば良い。ライバルも同様に入札を更新できる。双方とも相手の実際の入札額を見ることはできないので、推測に基づいて「再改めて」バトルが続く。完全にキャンセルしたければ、「再改めて」の後に「ゼロ」もしくは「取り止め」と記入すれば良い。
- 意図的であれ偶然であれ、交換会はその場にいる他の人々の存在によって形作られる。特定のものに注目しすぎると、それを欲しがっているというシグナルをライバルに送ってしまうことになる。
- 集計作業は売り場の左側から右側に移動して1時間以上かかることもある。テーブルが開いている限り自由に商品を見ることができ、オーナーが決まるまで土壇場まで入札できる。感情的になって入札しすぎたと思い直し、キャンセルするかもしれない。一度入札したらそれを購入するための契約を結んだとする海外のオークションの論理とはだいぶ異なる。
- 交換会が終了した後、買い手が商品を受け取る時まで落下した値段を見るチャンスがある。何が高値で売れたか等を観察して市場の勉強をし、どのようにすればお得な買い物ができるか学ぶことができる。
- 万が一同額の入札があれば、管理者がサイコロを振って偶数奇数で決める。
- ある交換会に参加した際、明治時代以降の玩具に関する本の幅広いコレクションがテーブルに並んでいた。その中に1916年に小澤一也によって書かれた『蛙宝』の完全なコピーを見つけた。とても魅力的で、同行者がこれは「うぶい」、すなわちとても希少なものだと言った。自分も同行者も入札したが、その本は多くの人に見つかり、みんなが欲しがった。結局自分たちは大きく見積もりを外し、見積もった額より大きく上回る価格で落札された。とても感情的な(emotional)なプロセスだった。
- 集計が終わって落札者が決まった後、落札者がロットを引き取るまではロットに添付された落札額を見ることができるが、ロットや本そのものを調べることは禁止されている。
- 歴史の巡り合わせで、神保町(正確には小川町)が東京古書組合の本部となり、神保町の古書店は特権的な立場にある。組合の建物と交換会は循環システムの心臓のようなもの。毎週5つの交換会が開かれるので、多くの貴重なもの、珍しいものが神保町に集まり、出ていく。参加する古書店も神保町だけでなく、日本中から来る。専門知識もこの地域に引き寄せられる。
- しかしこの重要な循環システムは危機に瀕している。高齢化が進んでおり、後継者がいない古書店も多い。交換会を開催するには多くの労働力が必要。
- 通常、経済的な観点で市場を考えるが、交換会は社会的な結束を生むメカニズムでもある。古書店は組合のメンバーであり、互いに依存しているため、交換会を維持することに関心がある。すなわち、交換会は単なるオークション以上のもの。たくましいコミュニティの生命線であり、重要な循環システム。
▼質疑応答
- 本を売る人はキャンセルするチャンスがあるか。
→通常はない。何かの大きな問題がない限り。但し保留価格(reserve price)を設定できる典型的なオプションはある。また、交換会完了後バイヤーが本を確認できる時間帯があり、そこで何か問題があれば、キャンセルするチャンスはある。 - 本以外にお面やこけし等が取引されるのはなぜか、誰かに聞いたことはあるか。
→聞いたことはない。各交換会の特定のルールに基づいている。例えば亡くなった方の書庫(library)を全て引き受ける場合、有名な学者だったら、家族が望まないマスクを持っているかもしれない。 - 海外、特にアメリカでも古書のオークションはあると思うが、交換会のようなシステムはあるのか。
→交換会のようなシステムはない。しかし、クリスティーズやサザビーズのような大きなオークションハウスでは本のオークションを開始し、通常月1回開催しているが、非常に稀で珍しい。これらは本の販売業者間でのオークションではない。アメリカはとても広いので、様々な場所から本をオークション会場に輸送し、オークションを行なうことは難しいのではないか。 - 神保町の交換会はそれほど高くない本をたくさん扱うことはあるか。
→あらゆる幅広い種類のものを扱うので、一般的な本も扱う。 - 交換会は一般に公開されているか。
→見学はできるが、一般に公開はされていない。年に2回、東京古典会と明治古典会で開かれる大市の時は例外で、出展品を見ることができ、古書店を通じて入札もできる。自分は参加してみてとても複雑に感じた。オークションの典型的なイメージとはだいぶ違う。頻繁に参加している人たちでも、入札方法の説明に食い違いがあった。 - 北沢書店に仲介役を依頼したのはなぜか。
→論文のフィールドワークのために、週に2回古書店で手伝いをしていた。交換会は古書店のビジネスにとってとても重要。彼らはとても丁寧に複雑なルールを教えてくれた。私は交換会に参加できないが古書店で働いているリサーチャーとして訪問した。彼らがいなかったらそこには入れなかった。外側から眺めるのと、参加するのとではかなり違う。落札するために感情的に関わり、負けたらとてもがっかりする。
人類学者として、人々の価格を推測するやり方に興味。市場がどのように社会構造に生きているかについて教えてくれる。とてもユニークな機会。 - 金銭のやり取りはどこで行なわれているのか。
→交流会の主催者がとる金額、手数料は販売価格の数%。清算は組合が行なう。落札額はシステムに入力され、各店は組合から請求書を受け取り、月末までに支払う。本の状態についてクレームがつくことがあるので、実際の支払いまでに若干の猶予がある。 - 交換会の規模は年々小さくなっているか。
→会(association)による。古書店の数が減っているし、高齢化が進みメンバーがとても少ないところもある。
東京古書組合での交換会は週4日開催されているが、以前は5日だった。1つは実際には閉鎖されている。システムの将来については懸念がある。
- 「古書組合」は略称として使われることが多いが、実際には日本には様々な地域や都道府県を代表する組合があり、全国古書籍商組合連合会を通じて協力し合っている。この講義では、主に東京都古書籍商業協同組合(東京古書組合)について言及します。 ↩︎